2005年08月15日

丸髷姿の木目込み人形


200508155bdbb21c.jpg ※8 出会い
「終戦になっても、守山さんは戦地から帰ってこんで、そのままシベリアに抑留されたんだねえー」
「ウチの父さんは家におったとやね」
「そう、それであんた達を連れて帰ってこれたとよ」
 これまでに、ことある毎に引き揚げの大変だったことを、聞かされていた私は(また、聞かされるな)と覚悟した。

「あんたはまだ首が座ったばかりの赤ちゃんだったけん、母さんがリュックと一緒におんぶして、京子と妙子は父さんが手をひいていたとよ。背中には大きなリュックをからってね。列車に乗るまでは、集団で徒歩だったとけど、休憩する度に、5歳だった京子は『ここが内地なの?』『あといくつ寝れば内地につくの?』って、そればかり聞くとよ。やっと貨物列車に乗れる時、父さんは京子を窓から押し込んだとよ。まごまごしとったら、乗れんからね。それで、コロ島から、日の丸のついた引き揚げ船に乗った時は、(ああ、これで日本に帰れるんだ)って、ホッとしたと。でも、母さんは疲れ果てて、声がしばらく出なかった。
 船の中でも大変だったとよ。なにしろギュウギュウ詰めだから、寝るスペースも、あんたのオムツを替える場所もなかとよ。よそのご主人は奥さんのために要領よく寝るスペースを確保する人もいたけどね。父さんはからっきしダメだった。あんたが大便すると、臭いよね、それで周りに気兼ねして、あんたのお尻をつねるんだよ。大便を看板から海に捨てるのも父さんの仕事だったからね。洗面器はオムツ洗いも顔洗いも一緒だったとよ」

 実のところ何度も聞いた話だった。それより私は、慎ちゃんのことを早く知りたかった。

「ソ連が終戦直前に参戦してきたとよ。終戦になったとたん、ロスケ(ソ連兵を母はこう呼んだ)の奴らがトラックでやってきて、家の中へ土足で入り込んできたと」
 母の顔が急に険しくなって、ののしるような言葉使いになったので、私はちょっとびっくりした。
「そして?」
「金品を巻き上げるとよ。『もっと、もっと』って、片言の日本語で迫ってくるとよ。生きた心地じゃなかった」
「ふーん」
「守山さんちは女子供だけだから、ひどいことになったんだねー」
「ひどいことって?」※9へ

(写真は、まだ私がお勤めしていた頃、趣味で作っておられた先輩の同僚に作ってもらった人形)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)
posted by hidamari at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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