2005年09月17日

ザボン娘(博多人形)


20050917df629f39.jpg※24 初恋
「じゃあ、私も何も用がなかったら散歩に出てくる、あの砂山がいいね、あそこで2人でタローを散歩させよう」と国道の向かい側の小高い山を指差した。
 慎ちゃんはその憂いを帯びた澄んだ瞳で、私の目じっとを見つめた。そして大きく頷いて「うん、分かった」と言い、さらに「…今からちょっと行ってみる」と覗う様に言った。私は「うん」と頷いて、慎ちゃんの目を見て、にっこり笑った。

 南北に通る国道を挟んで、東側に私たちが住む6軒の集落があり、その奥の方を斜めに流れている川は、その上流が国道の下を通って西の奥の山へと繋がっている。その6軒の集落と、さらに川を渡った所に15〜6軒の集落とが合わさって広田名という、1つの部落が成り立っていた。
 国道の西側は、小高い小さな山が、今私たちがいる目の前から、さらに西に向かって突き出ていた。その山の周りは段々畑になり田んぼ山と繋がっている。
砂山は、その山の西北に位置し、畑、田んぼ、川、山が一望出来る見晴らしのよい所であった。2km程国道を北に行くと、松田名という守山さん一家が住む部落があるが、そこからは人家は殆んど見えず、田んぼの向こうに人家らしき緑の林が見える程度だった。

 2人は国道を横切り、山道を登って行った。太陽が西の空に落ちようとしていたが、あたりはまだ十分明るかった。そこは山道といっても硬い岩だったところを人が作った坂道である。岩の坂道を5〜6メートル登ると、こんもりと椎の木やネムの木などの木々が茂った山道に入る。そこを通り抜けると目の前がパアーと明るくなり、奥に細長く続く草原があった。昔、海の底で地殻変動で地上に隆起して出来た山なのだろうか。不思議な事に側に海がないのに、岩と砂地が所々に散らばっていた。部落の人は、そこからここを砂山とよんだのだろう。
 
 今まで何回となく見慣れた景色なのに、慎ちゃんと一緒に見ると、その美しさに、初めて見たような感動を覚えた。確かに5月の山は黄金のようにキラキラ輝いていたし、草原の緑もつややかで柔らくなびいていた。こんなに目を見張ったのは、今のこの季節のせいかもしれない。しかも、茜雲にそまった西の空は絵のように美しかった。
「きれいだねー」
「うん、ほんとにきれいだねー」と2人は原っぱに足を投げ出し、じっと、景色を見つめていた。私はこの景色と今日のことを、一生忘れないだろうなと思った。
 タローは常にしっぽを振り、走り回っていた。私たちは2人だけの世界にどっぷりつかっていた。時間はあっという間に過ぎていった。
 みるみるうちに太陽は山に隠れて、あたりは薄暗くなっていく。

 私は急に不安になり、「そろそろ、帰ろう」と言って腰を上げた。恋に憧れていても、私はまだまだ子供だった。慎ちゃんが側にいても暗闇の山は、やはり恐かったのだ。
 とたんに私の頭の中に、食卓の前に座っている、苦虫をかみつぶしたような父の顔が、くっきりと、浮かんできた。
「じゃあね、慎ちゃん、バイバイ」と言って、私は後も振り向かず、山を一目散に駆け下りた。※25へ

(写真は、息子の友人が私にプレゼントにと、温泉宿で買ってくれたもの)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)
posted by hidamari at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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