2005年10月01日

まねき猫


200510018c86dfc7.jpg※31 初恋
 「国道をピョンピョン跳ねながら逃げよった。追いつけん」と言いながら、父が口惜しそうに帰ってきた。
「ところで真理子、おまえ、下着はちゃんと付けとったか、脱がされとらんか?」と私を見回した。
「えっ!そんなこと」と言いながらも、急に心配になった私は、冷静に一連の流れを思い出してみた。
「ううん、そんなことなかった」
「そうか、そりゃよかった。これからはちゃんと窓の鍵、閉めろよ」と、父は自ら窓の鍵を閉めた。
 北側と南側が窓なので、月明かりで十分明るかったからか、すっかり気が動転していたせいか、蛍光灯を点けてないのに気がついた。慌てて、蛍光灯に付けた紐をひく。
「父さん、今の男ね、俊坊に似てたよ」私の頭の中に男の顔はくっきりと刻み込まれて、なかなか消えない。それは、近所のタヨ子ちゃんの弟の俊之君にそっくりだったのだ。
「…真理子、それはたぶん違うよ、俊坊なら反射的に自分の家の方に逃げるだろう、国道を北の方に逃げたから、きっと里の人間だ」と父は、自分に言い聞かせるように言った。私は半信半疑だった、父はさらに「今夜のことは人にベラベラしゃべるんじゃないぞ」と言った。私も、くっきりと頭に残って消えないその顔を一刻も早く忘れたかった。でも、その残像はいつまでも消えなかったのである。

 昨夜の男は、普段は精神の病気で入院している中学を卒業した男が、お盆の休みに帰宅していて、夜な夜な徘徊しているらしい、ということを、翌日母がどこからか聞いてきた。やはり、私が住む広田名の北に位置する里名の家の子供だったのだ。父は、その男の子の顔を知っていたのか「あの子は顔は確かに俊坊に似とるよ、でも、俊坊じゃないぞ」と念をおした。私は俊坊でなくほんとうよかった、と胸をなでおろした。
 母はさらに、その里の男には、キツネが付いているらしいと、近所ではもっぱらの噂だったことも、聞いてきた。私には,キツネが付くとはどんなことか分からいし、信じられないことだった。でも、3km位離れた所から、下着姿に裸足で、しかも飛び跳ねて往復するのは、やはり人間とは思えない行動である。
 この事件は、摩訶不思議で恐い真夏の夜の出来事だった。※32へ

(写真は、呉服屋さんに頂いたちりめんで作ったまねき猫)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)
posted by hidamari at 11:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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