2005年10月09日

与勇輝さんの人形の絵ハガキ


200510091e6b1b40.jpg※35 初恋
 12月27日、暮も押し詰まった寒い日曜日であった。
 慎君には午後3時頃来るように言ってある、と父は言っていたのに、彼は、2時になったばかりの頃、早々とやってきた。そして、かまどに火を点けたり、水を運んだり、こまごまと父の指示を受け、働いた。父は彼に、多少は気を使ってるふうだったが、終始満足気だった。
 
 我が家の細長い家は、母屋の勝手口を出ると、すぐ小屋が目の前にあるのだが、その間に少しの空き地があり、いわゆる中庭のようになっていた。父はそこに臨時のかまどを作り、中央に臼を据えた。
 日中とはいえ、どんよりと曇った冬空は、景色を灰色に染め、山も畑も国道も寒々としてひっそりと静まりかえっていた。でもここだけは、かまどの炎と、餅米を蒸すセイロから立ち上る湯気と、皆の笑顔で、あたりはまるで温かい山吹色に染まっているようだった。
 母屋の勝手口も開け広げ、台所兼居間には餅を丸める準備も整えた。
 今日は博多から長姉の京子も帰ってきて手伝っている。京子は片手間に夕食の準備もした。彼女は、早くから母の台所を手伝っていたので、料理もお手の物だった。私は京子がいてくれるのが何より心丈夫で頼もしかった。彼女がいなかったら、きっと私は母の手助けが十分出来なくて、母をいらだたせたことだろう。京子がいることで、私は気楽に餅つきの手伝いが出来たのである。
 慎ちゃんはニコニコと常に笑顔で一生懸命餅をついた。
 私はしょっちゅう冗談を言い、皆を笑わせた。
 父も母も誰に気兼ねもいらないので、のびのびとして和やかだった。

 夕方6時頃には作業が全て終わった。
 父は「男の子はやはりいいね、慎君の体力はたいしたもんだ、おかげで無事に終わった、ホントに有難う」と何度もお礼を言った。母も京子も私も、慎ちゃんホントに杵の使い方上手いとか、父さん1人ではとうてい無理だったとか、慎ちゃんが来てくれてホントに助かったとか口々に言って、彼をねぎらった。慎ちゃんの上気した誇らしげな顔は、あまりにも美しく、私には眩しかった。

 京子が準備した夕げの食卓を、慎ちゃんも交えて、家族全員で囲んだ。慎くんが未成年で残念だなあ、と言いながらも、父はいつもより多めに晩酌し、いつもより満喫していた。
 食事を済ませた父は「慎くん、今日は有難う、これは気持だけだがお礼だ」と茶封筒を慎ちゃんに差し出した。
 「いえ、いいんです。俺、食事を頂けただけで十分です」となかなか受け取ろうとしない。
 「いいから、取っときなさい。れっきとした労働の対価なんだから」と、母や京子もしつこく言う。 ちょっとの間考えた慎くんは、
 「それじゃ頂きます。すみません」と申訳なさそうに茶封筒を手に取り、ポケットに大事そうにしまった。

 父は「俺はもう寝る。慎くんはゆっくりしていきなさい」と言って、奥の部屋に入っていった。
 母はお風呂の準備をするため席を立った。
 京子は食事の後片付けを始めながら
「真理子はいいから、慎ちゃんの相手をして」と、お茶とお菓子を私たちに出してくれたのだった。※36へ

(写真は、与勇輝さんの作った、NHK朝ドラの"うらら"がモデルの人形の絵ハガキ)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)
posted by hidamari at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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