2005年10月15日

竹久夢二の絵(印刷)


200510152a831d07.jpg38 藪椿
 2月になった。
 私は中間試験の、慎ちゃんも高校受験に向けてそれなりの勉強をしていた。
 今日で中間試験も終わるという朝、私は学校へ出かけようと家を飛び出した。いつもの曲り角で慎ちゃんが待っていた。
 おはよう、とお互いに挨拶をしながら、私は「急がないと、バスに遅れるから、ごめんね」と、走り出した。タローを引っ張りながら慎ちゃんも私と一緒に走ってついて来る。「真理ちゃん、今日何時頃帰る?」と聞いてきた。私は走るのをちょっと止め「今日で中間試験、終わるんだ。早いと思う」と答える。
 よかったというように、慎ちゃんは一瞬唇をほころばせた。そして「お願い!真理ちゃん夕方5時頃、砂山で待ってるけん、来て!」と左手でタローのリードを引きながら、右手を拝むように鼻にあて、その憂いに満ちた目で懇願するように私を見つめる。
 父と母の顔が一瞬浮かんだ。が、やはり私も慎ちゃんに会いたかった。いいよ、じゃあねぇ、とわざとさりげなく言って、再び走り出した。慎ちゃんはホッとしたのか、さっぱりした感じで、行ってらっしゃい、と明るく私に手を振り「タロー帰ろう!」と、とんぼ返りに戻っていった。

 慎ちゃんは既に砂山でタローを遊ばせていた。
 その姿を見つけ、私は走って近寄った。春や夏の様子とすっかり違う周囲の風景を見回した。遠くの山や田んぼはすっかりこげ茶色に変色し、シーンと静まりかえった広い校庭のように、寒々と冴えわたっていた。
 目の前のうっそうとした雑木林に目をやると、小さな赤い椿の花が、ポツンポツンと咲いているのが、目に入った。まるで、赤い水玉模様の緑の布がそこにかけてあって、そこだけに、スポットライトが当たっているようだった。
 「オッ!慎ちゃん、あれは藪椿だよねぇ」と私は思わず指さしていた。
 殺風景な冬の雑木の中にひっそりと咲いている赤い彩りに、私はなぜか心が弾んだのだ。
 行ってみよう、と2人同時に言って、2人で顔を見合わせて頷いた。近づいてみると、思いの他大きな木で、盃のような可憐な花と、うづらの卵ほどの小さな蕾が、あちこちにたくさん散らばって付いていた。慎ちゃんが手を伸ばして届く高さではない。ピョンと飛び上がり、小枝の葉を引っ張って、花がついていそうな所を1枝折ってくれた。たくさん重なった枝葉の中に、辛うじて花が2個と蕾が大小2〜3個付いている。
 もっと取ろうと、奥に入る慎ちゃんに「いいよ、これで、花は1輪の方がきれいなんだよ」と言い、私は慎ちゃんの袖を引いた。

 「そーぉー」としぶしぶ引き上げた慎ちゃんは、先になり座れる場所を探し、「ここに座ろう」と私を座らせた。
 「椿は、八重より一重の花びらの方が素朴できれいだねぇー」と、言いながら、不用な葉っぱをはずしていると、「うん、真理ちゃんみたい。見れば見るほどかわいいねぇ」と、私をマジマジと見つめながら、からかった。
 「何、いっちょまえに。お姉さんをからかうもんじゃないよ」と私は慎ちゃんの肩を小突いた。
 ここで「俺、藪椿が大好きだよ」と言ってくれれば、伊藤左千夫の『野菊の如き君なりき』みたいだと、思ったが、口に出すのはやはり恥かしかった。

 西の空は、かすかに雲の上に型どった太陽のこぼれ日でうっすらと明るいが、やはり風は冷たい。
「何か用だった?」と朝のことを思い出しながら、尋ねると、満を持したように慎ちゃんは口を開いた。※39へ

(写真は、竹久夢二の色紙大の絵を額縁に入れたもの)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)
posted by hidamari at 14:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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