2005年10月27日

朝日


2005102764eb97a0.jpg※44 藪椿
 私は、慎ちゃんの隣へ座り、彼の顔を覗き込んで「ごめんね」と言った。
 慎ちゃんは私の言葉は意に介さず、じっと私の目を見つめると、思い切ったように、
「俺、真理ちゃんにお願いがある」と言った。
「うん、何?」
「ここんとこ、朝から真理ちゃんのお父さんによく会うとよ。…真理ちゃんを送ったあと、…帰りがけに」
「えっ、どういうこと?」
「…きっと、見張っとられるとじゃなかと?」
 私は、ドキッとした。父が、私が慎ちゃんと仲良くすることを、不安に思っているのは確かだった。
「何か言われた?」
「…別にこれといって言われはせんけど、何となく分かる。そっけなかし」
「…そう」
 父の気持が何となく分かった。
 父は私のことを本当は信用しているのだ。にもかかわらず、内心、心配でたまらない。直接私に聞きたいのに、そんなことを口に出すのは、親のこけんにかかわると思っているのだ。だから、あえて私には何も言わないで、こっそり見張っているのだろう。

「それでねぇ真理ちゃん、朝からは、もうそんなに度々会えんと思う。会っても話す時間もなかし。…で、手紙に書いて、やりとりしたらどうやろうねぇ」
 実は、手紙の交換は、私もずっと考えていたことだった。ただ、そんなことは、照れくさくて、とても言えなかったのだ。

「うん、私もそう考えとったよ」
 慎ちゃんは嬉しそうに顔を真っ赤にして「ホント?」と言った。
 私はさりげなく「うん」と答えたが、心の中で密かに思っていたことが、現実になるのが、とても信じられないことだった。
「それで、どんな風にやろうか?」と慎ちゃんは首を傾げて言った。
 
 私はフッと三島由紀夫の”潮騒”という小説を思い浮かべた。
 主人公の新治と初江が親に内緒で恋愛するのだが、その時、手紙の交換を、石垣の石の下に置いて、するくだりがあるのだ。
 私が考えたのは、夜学を終え帰宅途中の慎ちゃんに、2階の窓から私が手紙を落とし、私の家の勝手口の木戸の横にある石垣の石の下に慎ちゃんが私宛の手紙を置く、ということだった。
 私の考えを話すと、「うん、それでいい、そうしよう」ということで、話はあっけなく決った。

 私の家の前の道は、ちょっと遠回りだが、慎ちゃんの家へも通じていた。
 彼が、夜学を終えて、我が家の前を通って帰宅するのが午後10時半頃だ。
 その時刻に、私が2階から手紙を落とし、彼が窓の下でキャッチする。その時に必ず、その手紙を彼が手にするのを見届けること。私が2階から見ている所で、慎ちゃんは石の下に手紙を入れること。そして、直ちにその手紙を、私が取りに行くこと、などと2人で事細かく決めたのだった。

 もし、手違いで、2人以外に手紙を見られることがあったら、大変なことになるのは分かっているし、死ぬほど恥かしいことだ。絶対、守備よくやらなければならないことだったのである。※45へ

(写真は、今日の朝7時頃の太陽。太陽の朱色がとても美しかったので、ベランダから撮ったもの)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)
posted by hidamari at 12:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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