2005年10月31日

益子焼の湯呑


20051031312c28fb.jpg※46 藪椿
 そろそろ慎ちゃんが帰ってくる時刻だった。10分程前バスが国道を通り過ぎてから私はずっと落ち着かなかった。停留所でそのバスを降りてるはずの慎ちゃんを、窓から顔を出して今か今かと待っていた。
 階下で、母はテレビを観ている。父は既に寝ているので心配ないが、母は何かの拍子に、窓際に来ないとも限らなかった。

 手紙の交換の第1日目だった。
 外はあいにく闇の夜である。前の道は階下の窓の前だけ、部屋の灯りが漏れてぼうーと明るかった。
 私が立っている2階の廊下は、部屋の襖が開いている隙間分の光か流れているものの薄暗く、また、その光線は土手の上の畑に細長く光っているだけだった。

 真っ暗い中にヒタヒタと人影が近づいてきた。黒い学生服に黒い学生帽なので殆んど人間なのかも判別出来ない。心臓は飛び出すほどパクパクしていた。窓の下にピタッと止まった。目が慣れてくると少しは人に見えてくる。慎ちゃんに間違いないと思った。

 手紙に入れた白黒写真は、レースの衿と胸にタックのある白いブラウスに、ブルーのフレヤースカートを着たものと、県立第一高校の制服であるセーラー服を着たものの2枚で、2枚とも正面を見つめてにっこり笑っている全身写真だった。それに手紙は便箋2枚だった。
 それらを入れた四角い白い封筒を、打ち合わせていた通り、慎ちゃん目がけて落とした。胸の鼓動があまりに激しく、息がつまるほどだった。
 封筒は思いの外軽いのか、ヒラヒラと舞いながらなかなか下まで落ちない。土手に掛かりそうになりハラハラしたが、何とか無事に下まで落ちていった。地面に落ちた手紙を慎ちゃんは確かに手にした。彼は、私にその白い封筒を振って、取ったよ、と合図した。ホッとした私も手を振って応えた。
 母も、何も気付いていない。慎ちゃんは、これも打ち合わせ通りに、石垣の石の下に自分の手紙を置いた。そして再度、私に手を振って闇の中へ消えていった。たんたんと1連の作業が終わったという感じだった。その間、5分もかからなかったが、私には長い長い時間だった。でも、まだ私にはやることがあった。慎ちゃんの手紙をすぐに取りに行くことだった。

 そして、私はトイレに行くふりをして、階下に行き、勝手口から外に出て、石の下から慎ちゃんの手紙を無事に手にすることが出来たのだった。
 何よりホッとしたことは、寝る前に必ず、私がトイレに行くことを知っている母は、今回、何も疑わなかったことである。
「おやすみなさい」と言って、2階に上がる私に、母はいつもと変わらず「おやすみ」と言ってくれた。
 私は自分の部屋に戻り、改めてゆっくり胸を撫で下ろしたのだった。
 
 これ以降、この緊張を何回も繰り返し、手渡しや、職場への郵送などを含めると、慎ちゃんからの手紙は50通を超え、私も同じくらいの手紙を慎ちゃんへ書いたことになる。※47へ

(写真は、益子焼の夫婦湯呑。焼き物のことは何も知らないが、いかにも焼き物らしく見た目がきれいと思う)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)
posted by hidamari at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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