2005年11月04日

小物バッグ


200511043c463ccd.jpg※48 藪椿
 長姉京子が、その年の夏にお見合いし、11月に結婚した。
 
 京子にはお見合いする前まで恋人がいた。
 私のことをとても可愛がっていた京子は、仕事が休みになると、時々私を呼び出して、博多の天神の商店街に繰り出し、食事をご馳走してくれた。いつの頃からか、男の人も一緒に来るようになった。その人が京子の恋人の山本さんだったのだ。京子は私を信頼していたので、両親より先に私に紹介したのである。私に彼の良し悪しも判断してもらいたかったのかもしれない。
「ねえ、真理子は山本さんのことどう思う?」と聞かれたことがある。

 京子と会う約束していたある日、京子は仕事で来られなくなり、山本さんだけが来たことがあった。彼は京子に頼まれていたのか、私をドライブに連れて行ってくれた。私はその時まだ高校生で、山本さんは30歳のおじさんだった。他人が見れば、変な組み合わせだったに違いない。喫茶店で、ぜんざいをごちそうになった。目鼻立ちのはっきりした優しい人だったが、どこか暗い感じがして、私はあまり好きになれなかった。が、姉が好きなら、結婚してもいいのではないかと思っていた。

「姉ちゃんが好きなら私、応援するよ」と言った。
 そして、今年のゴールデンウイークに京子は、両親には、女性のグループで旅行すると偽り、友人同士の2組のカップルで1泊のドライブ旅行に出かけたのである。

 旅行から帰ってしばらくして、京子は山本さんと別れた。
「何があったの?」と尋ねると、「離婚暦があったのよ。子供もいて分かれた奥さんが面倒みているんだって。そんなことは、仕方なかったのだけど、今まで1年間もそのことをおくびにも出さずに、結局騙されていたのよ」と、悲しそうに答えた。

 京子は山本さんと付き合う前にも、母方の叔父の紹介でお見合いをしたことがあった。
 農林省の食糧事務所に勤めていた国家公務員の相手の人を京子は、「仕事も安定しているし、いい人だから決めていい」と言った。でも、母は、家に招いて、玄関で一目会っただけで、京子よりも身長が低かったことと、顔が貧相だったことに落胆して、へなへなとその場に座り込んでしまった。その後、お茶も出せないほどだった。やむなく、京子は自ら台所に立ち、その人を1人でもてなしたのである。
 京子はその日、彼と街へ遊びに行く時に、私を誘った。ところが、私も母同様、どうしてもその気になれなかった。
 京子は、母と私の冷たい態度に、これでは仕方がないと思ったのか、結婚を断ったのである。

 京子は、今回も、親が勧める人なら間違いないだろうと、むしろ、進んで、見合い話を受けたのだった。私も、山本さんより、ましてや、1度目の見合い相手より、今回の戸田さんの方が、うんと感じが良いと思った。 
 戸田さんは、福岡県飯田市の旅館の2男で、自動車会社勤務のサラリーマンである。
 話はトントン拍子に決った。

 披露宴は戸田家が旅館だということもあり、戸田家で行われた。
 東京に住む次姉の妙子も、久しぶりに帰省し、私は二重の喜びだった。

 京子の結婚式で、私は初めて和服を身に付けた。それは、京子が成人式で着た訪問着を借りたものだった。ちょっと大人になった晴れがましい自分を、鏡を通して見た時、私はフッと、私もいつか結婚出来るのだろうかと思った。
 私を誰よりも理解してくれている京子にも、慎ちゃんのことは絶対言えない。この世に、もし誰も知り合いがいなくて、天涯孤独なら、迷わず慎ちゃんのお嫁さんになれるのに、と思った。
 なるだけ先のことは考えるまいと、思うしかなかった。

 大好きな姉の京子は、コスモスがゆらゆらと風にたなびく穏やかな秋の日に、家族全員に見送られて嫁いでいった。
 その年は、我が家は、私が就職し京子が結婚するという記念すべき年だったのである。※49へ

(写真は、呉服屋さんに京都みやげといって頂いた小さな和バッグ)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)
posted by hidamari at 10:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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