2005年11月18日

カステラ


20051118ad08a4b7.jpg※55 旅立ち
 10月末、慎ちゃんが昭夫さんの家へ行って、10日くらいたった頃、私の職場に慎ちゃんから手紙が届いた。
(11月1日は、夜学が創立記念で休校だけど、昭夫さんには内緒でいつも通り家を出るので、夜、私に会いたい)というものだった。そして、(昭夫さんからもらった小遣いがあるので、今上映されている吉永小百合主演の“愛と死を見つめて”の映画を観に行こう)という内容の手紙だった。

慎ちゃんは、文学少年だった。
 私は、高校を卒業する時に、古語辞典や英和辞典のお下がりを慎ちゃんに譲った。慎ちゃんはお礼だといって、文庫本のお下がりを私にくれた。彼は、私が好きだという本を購入すると、自分がまず読み、その後、私にくれるのだ。
“愛と死を見つめて”という映画は、もともと実話が本になったものだった。
 この本は私が買った。私が読みたいと言っても、単行本は高いので慎ちゃんに買えるはずがなかったのだ。
 当然、慎ちゃんにもその本を読んでもらった。テレビでもドラマ化されていた。私たちは、この物語を興味深く話題にしていた。映画になることが分かった時、見たいね、とも話し合っていたのだ。

 きっと、慎ちゃんは常々私にプレゼントしたり、一緒に映画に行ったりしたいと思っていたのだろう。

 1年半程前になるが、砂山で2人が会った時のことだった。
 「真理ちゃんに、これあげる」と慎ちゃんは私に、包装紙に包んだものを恥かしそうに差し出した。
「何よ、これ」
「俺、真理ちゃんに何かあげたいって、いつも思うとるとけど、お金ないし。…これ、ばあちゃんが葬式の香典返しでもろうたものを、俺にくれたもの」
「えっ!お葬式の?」
「うん、ばあちゃんがいつも俺にくれると。だから俺大事にしまっとったと」
「でも…、中身は何ね」
「白いハンカチやタオル」
「えっ、ええー、い、いらないよ!」
「……」
 慎ちゃんは伏せた長い睫毛をピクピク動かした。半分泣いたような笑みを浮かべ、頬を赤らめた。
 私は、慎ちゃんを傷つけたことより、私自身が惨めに思えて、だんだん切なくなった。
 身体は大人だけど、所詮、彼は私より年下でまだ心もとない子どもなんだと、アンバランスな慎ちゃんに、私は、改めて現実を見せ付けられ茫然としたのだ。
 沈黙の時間が流れた。

「ごめんね。…でも、これは慎ちゃんが百姓する時、使いな。私何もいらないから、気を使わんでいいよ」と、精一杯優しく言った。
「うん、……俺…ごめんね、こんなもん持ってきて」消え入るような声でうつむいたまま答えた。
「ううん、でも慎ちゃんが働くようになったらうんといいもの買ってね」と思いきり明るい声で、自分にも言い聞かせるように言った。
「うん、そりゃあもちろん」小さく頷いた。
 気まずい時間が流れた。

「今度、映画に行こう。私がおごるよ」彼を傷つけた後ろめたさが言わせた、不用意なことばだった。
 慎ちゃんは、このことばで、笑顔を取り戻した。
「ホント、有難う、絶対行こうね。真理ちゃんよろしく、俺働くようになったら絶対お返しするから」と、意外なほど喜び、だんだんと元気になっていった。
 
 慎ちゃんはそれから、私が映画に誘ってくれるのを、ずっと心待ちにしていたのかもしれない。彼の気持を知りながら、私はなかなかその気になれずにいた。

 慎ちゃんの健気な気持が重苦しかったが、私はこの際“愛と死を見つめて”の映画を2人で観に行こうと思った。※56へ

(2斤のカステラを戴き、1人で毎日食べている福砂屋のカステラ。食べ終わる時は、また体重が)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)

posted by hidamari at 09:39| Comment(0) | TrackBack(1) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Tracked: 2005-11-18 09:50