2005年12月20日

坂の町の冬景色


坂の町の冬景色.jpg※71 旅立ち
 木曜日夜、いつものバスに乗ると、慎ちゃんはいつものように席を立って私を窓際に座らせた。
「おじさんたち帰って来たとやね」と話しかける慎ちゃんは、にこやかで何かとてもウキウキしていた。
「うん」と返事はしたが、慎ちゃんをまともに見られなかった。
「…慎ちゃん、私ちょっと具合が悪いの、悪いけど寝てていいね」
「えっ、ホント、どうしたと?大丈夫!」
「うんちょっと」
 私は、そのまま目を瞑った。そうするしかなかった。何も話したくないこともあったが、ホントに頭も痛くなったのだ。昨晩なかなか寝付かれなかったことや、睡眠時間4〜5時間というのがずっと続いているのが応えているのだろう。
 慎ちゃんは心配そうにしていたが、そのまま黙っていてくれた。
 広田の停留所に着くと、私をエスコートしようとする慎ちゃんを、「大丈夫だから」と手を振りのけて、むしろ慎ちゃんから離れて私はバスを降りた。
 いつものように、2人きりになる所まで来た所で、それまで我慢していた慎ちゃんは、待ち構えていたように、私の洋裁の荷物を持ってくれ、労わるように私の腰に手を廻した。私が、元気がなくいつもと違う雰囲気なのは、身体の具合が悪いせいだと思っているのだ。
 ずっと、心配そうにおろおろしていたが、ふっと思い出したように、カバンから手紙を出し「忘れないうちやっとくね」と私のコートのポケットにその手紙を入れた。
「ああーそうね、じゃあ私も」と立ち止まり、バッグから昨日やっとの思いで書いた手紙を慎ちゃんに渡した。
 別れ話の重大な手紙なのに、それはさり気なく慎ちゃんの手に渡ったのである。
 何も知らない慎ちゃんは、手紙を嬉しそうに受け取り、大事にカバンにしまった。
 皮肉なことに今夜は透き通るように冴え冴えとした月夜なのだ。慎ちゃんが嬉しそうに手紙を受け取った笑顔がはっきり分かり切なかった。
 今までは、心をワクワクさせた、研ぎ澄まされた神秘的な世界が、逆に私の心を刺すようにひしひしと重く感じられたのである。
「真理ちゃん、ホントに大丈夫?大事にしてね」
「うん、心配せんでもいいよ、疲れてるだけだから」
と無愛想に言ったきり、私は、その後慎ちゃんが何を話しかけてきても黙っていた。そんな重苦しい空気の中で、やっと、ホントにやっと私の家の前に到着した。
 私は「ごめんね、バイバイ」と、その夜はとうとう1度も手を触れることもなく、逃げるように慎ちゃんと別れたのだった。※72へ

(写真は、我が県の名物?坂に建つ家並み)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)

posted by hidamari at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック