2005年12月31日

湯布院の何処からでも見える由布岳


湯布院の何処からでも見える由布岳.jpg※76 旅立ち
 朝、外へ出るのが恐かった。
 かといって、出勤時間を早めたり、遅らせたりするのは、やはり慎ちゃんに対して申訳なかった。小細工をしてますます彼を傷つけるのは、不謹慎なようでしたくなかったのである。

 案のじょう慎ちゃんは国道で待っていた。
 一目見た時ドキッとした。
 目がくぼみ、心なしかほっそりしたように見える身体から、死相があるとしたらこうなのではないかと思える、暗い寂しい気が漂っていた。
 血が通っていないように冷たい顔だったのだ。半分泣いたような笑ったようなあの独特なはにかんだ笑みはどこにもない、まるで別人だった。
「おはよう」と、全くの無表情で私を見つめた。睨んだのかもしれない。
「おはよう」私はいつものように微笑んだ。
「手紙、読んでくれた?」
「うん、読んだよ」
「……で、俺、どうすればいい?」
「ごめんね、私、もう決めたことだから」
 慎ちゃんは、唇をかみしめてうつむいた。長い睫毛がぴくぴく動き、急に無表情な顔が深いため息とともに、悲しみに満ちたあきらめの顔に変わった。長い睫毛を伝わって大きな水滴が青白いその頬を濡らした。
「そう、俺に死ねっていうことやね」と慎ちゃんはまるで自分に言い聞かせるように、うつむいたまま、呟いた。
「ねえ、そんなこと言わんでよ、これからもずっと慎ちゃんのこと応援するから」と私は慎ちゃんの顔をまともに見られないまま、胸元を見つめて言った。
 慎ちゃんは、その後は何も言わず、国道を自分の家の方へと帰っていった。
 一方、私は反対方向のバス停へと向かって歩いた。
 2人の距離がどんどん離れていくのを私は感じていた。
 私は1度も振り返らなかったが、おそらく、慎ちゃんも1度も振り返ってはいなかったのではないだろうか。なぜか、私はそう確信した。そして彼は私との別れをきっぱり決めたのだと思い、少しホッとしたのである。77へ

(写真は、湯布院の町中から撮った由布岳)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)

posted by hidamari at 13:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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