2006年01月02日

佐賀の田園風景


田園.jpg※77 旅立ち
 明日から12月、正真正銘の11月最後の木曜日、私は洋裁学校を辞めた。
 一緒に通い始めた花田さんは3月まで頑張るという。4月からは一緒に料理学校へ行こうと話し合っていた。
 花田さんが乗ったバスを見送り、1人になるとイヤでも慎ちゃんのことを思った。先週、今日までは一緒に帰ろうと、手紙の中で書いたのだが、果たして同じバスに乗ってくるのか、見当がつかなかった。別れを告げてから、まだ1週間しか経っていないのに、ずいぶん前のような感じがするのが不思議だった。

 バスはいつもの時間に、いつものようにやや空いている状態で、バス停に到着した。
 バスに乗るとすぐ、後から2番目の席に目がいった。慎ちゃんは乗っていた。
 彼はいつものアイコンタクトを私にすることもなく、窓の外を無表情な面持ちで見ていた。
 私の姿は、窓の外を見ている以上確認しているはずである。
「こんばんは、座ってもいいね」と私は慎ちゃんの顔を覗いながら、隣の空いた席に手を向けた。慎ちゃんは黙って頷いた。
 しばらく無言のままだった。気まずい空気と緊張が流れた。
 慎ちゃんの膝の上に緑の古びた木綿の大風呂敷包みがどっかと載っていた。
 話すきっかけが出来たと思い「今日荷物が多いね」と言うと、
「あっ、これ返すから、全部あんたからもらったもの、降りてからと思っとったけど」とたんたんと言い、ドサッと私の膝の上にその風呂敷包みを移動させた。
 私は ―こんな汚い風呂敷包みをもらったって困る― と一瞬嫌悪感のようなものが走るのを感じた。
「これ何ね」と汚いものを触るように、結び目をつまみあげてみた。
「風呂敷ボロでごめん、後で捨てていいから」と慎ちゃんは無愛想に言った。
 私は恐る恐る包みを開けた。
 それは、私が慎ちゃん宛に書いた手紙の山だった。それに私の写真、本、辞書、クリスマスにプレゼントしたセーターと、慎ちゃんに渡した全ての物が1つ残らず入っていた。それらのものは汚い風呂敷に無造作に包まれ、私の膝の上に曝され、私たちの過去全てをゴミのようにみすぼらしくさせた。今まで2人で積み上げてきた歴史が、何の意味も成さず、ただ徒労に終ってしまったような空しさが込み上げてきた。
 でもこの方法は慎ちゃんが私との固い決別を、見事に私に知らしめる最も分かりやすい手段だった。
 考えてみれば当然のことかもしれない。でも私にはとてもショックで、予想以上に傷ついたのである。せめて写真くらいは持っていてくれていいのではないか、と思ったし、手紙をこんな形で返さなくても、燃してくれればいいじゃない、と思ったのだ。私にまつわるものが、慎ちゃんの手許には何もないのだと思うと、とても悲しかった。
 私は、たとえ恋人でなくなっても、幼なじみとしての絆は保ちたいと思っていたし、会ったら近況報告くらい話したいと思っていた。こんな風に考えるのは虫がよすぎるのだろうか。
 私はその包みを膝に乗せたまま、なす術もなく茫然としていた。
 そしてふっと我に返り「燃してくれればよかったのに、……私、慎ちゃんからもらったものは燃すから」と呟いた。
 慎ちゃんは黙ってそのまま窓の外に目をやった。78へ

(写真は、高速を走りながら撮った、佐賀の田園風景)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)

posted by hidamari at 15:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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