2006年01月10日

有田焼の大きな急須


有田焼の大きな急須.jpg※81 旅立ち
 昭和42年は、衆院総選挙で幕が開け、世の中は正月早々騒がしかった。
 私の心は、暮にはいったん明るい兆しが見えたように思えたが、実は一向に晴々としなかった。胸の中にいつもモヤがたち込め、すっきりしない日々が続いていたのだ。
 1月中旬になると、そろそろ、職場の下見と、ほぼ合格間違いなしの大学入試を受けるため、慎ちゃんが上京するんだと、彼のことばかり考えていた。そんな1月が過ぎ2月になった。
 私の部屋から見える田んぼや原っぱは、どこまでもこげ茶色で殺伐とした風景を成し、冷えきった空気が突き抜けるように染み渡っていた。それは人っ子1人いない広田の田園風景をより閑散とさせていた。
 私は、日曜日の午後、どんより曇ったその寒々とした景色を窓越しに眺めていた。
 慎ちゃんの姿どころか、犬1匹見当たらない。でも今はまだ慎ちゃんは、この広田にあの家に居るのだ。姿は見えなくても、すぐそこに居るのだ、と思うとなぜかほっとした。
 3月までには、きっと慎ちゃんのことを、心の中から追い出してみせると思っていたのに、慎ちゃんは未だに私の心に居坐り、私の心を占領していた。

 半ドンの土曜の午後と、日曜日がだんだん嫌いになっていた。
 そんな2月末の土曜日の午後、仕事が終っても何をするあてもなかったので、帰宅するしかなかった。2時頃のバスに乗ったので1時間弱で広田のバス停には着く。1つ手前の竹の下バス停へ着いた所で、何となく窓の外に目が行った。 反対車線のバス停に詰襟姿の慎ちゃんが立っていた。とたんに胸の鼓動が高鳴った。
― 慎ちゃんだ、今から夜学へ行くんだ、今日はちょっと早いのねえ ― という思いが、サーッと頭の中をよぎった。その時、フッと慎ちゃんと話したいという気持が湧いてきた。と同時に私はバスから飛び降りていた。
― 何で、今さら、わざわざここで降りてまで何を話したいのよ ― と思った時は既に遅く、バスは発ち去った後だった。
 国道の向こう側に慎ちゃんが1人立っていた。午後の今時分、乗車する人も下車する人も滅多にいないのだ。国道を挟んで2人だけ取り残された状態だった。
 慎ちゃんと私は一瞬確かに目が合った。私は反射的に微笑んだ。慎ちゃんはまるで知らない人を見るように私を一べつするとクルッと後向きになった。完全に私は無視された。というより、はっきり、拒絶されたのである。
 国道を横切り慎ちゃんに駈け寄ろうとした矢先だった。慎ちゃんの背中がまるで岩のように立ちはだかった。足がすくみ1歩も進めなかった。
 別れるというのはこういうことなのだ、心が通じ合わないということなのだ、私のことを心から大切にしてくれ、どんな時でも私を守り支えてくれた、ただ1人の男人、慎ちゃんを失ったことを、改めて思い知らされた。

バツが悪くて、かっこ悪くて、口惜しくて、この場を1分でも早く立去りたかったが、あいにく隠れる所もない見通しのよい1本道の国道だった。テクテクと歩いて帰るしかなかった。82へ

(写真は、武雄温泉のホテルの階段に飾ってあったもの)
(上記小説は、カテゴリー小説[藪椿]で連載中)

posted by hidamari at 09:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 [藪椿] | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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