2006年03月28日

花壇の水仙


花壇の水仙.jpg※30
 啓介と会うのは、テニスコート以来のような懐かしい気がした。
 しかし実際は、その後も毎日会っている。今日も事務所や廊下で何回も顔を合わせていたし、レントゲン室へも業務連絡へ行き、話もしている。それなのに、目の前の啓介の笑顔がとても眩しく新鮮に感じられるのだ。
 病院内で白衣に身をまとっている啓介と、バイクに乗っている、スカイブルーのポロシャツ、ブルージーンズというラフな服装の啓介は、確かに別人に見える。
 そのせいだろうか?
 それとも、あれからずっと、啓介には田鶴子という恋人がいるのだから、と無意識に自分の心にバリケードをはっていたのが、不意を襲われふっと素の心に戻ったのだろうか?
 晴美は戸惑っていた。
 啓介に対する感情は、もはや特別なものとは思っていなかったはずなのに、こんなにドキドキするのは、やはり心の奥底で未だに啓介を好ましく思っているのだろうか。
 いずれにしても決して自分にとって良いことではないと、晴美は分かっていた。

「川口さん、乗りなよ。送るよ」
「えっ、ありがとうございます。でもけっこうですから、どうぞ行ってください」
 晴美は左手を横に伸ばして、バイクを発進させるように促した。
「いいから、乗れよ」と、啓介はバイクを止め、後に積んでいたヘルメットを取って、つかつかと晴美に近づいてきた。

 あっさり立ち去ると思っていたのに、啓介の意外な行動は、晴美には驚きだった。
 悪い気はしなかった。送ってもらうくらい、いいのでは、とつい思った。

「すみません。じゃあ」
「しっかりつかまって、この間の海岸道を走るから」
 晴美はバイクにまたがり、ヘルメットを付け、啓介の胴に手を廻した。
 バイクは猛スピードで発進した。
 晴美は、啓介にしがみつきながら彼の体温を感じた。そして、自分が被っているこの赤いヘルメットはきっと田鶴子専用のものだろう、と思った。※31へ

(写真は、近くの中学校の花壇に咲いている水仙)
(上記小説は、カテゴリー短編小説[茜雲]で連載中)

posted by hidamari at 15:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔茜雲〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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