2006年06月09日

D花菖蒲


D花菖蒲.jpg※65
 晴美は、21歳のお正月を迎えた。
 その後、1月、2月はあっという間に過ぎ去った。
 社会人になっての1年間は、学生時代のそれとは違い、人間として、女性としてぐんと成長したと、晴美は実感していた。
 
 3月末、小川市は4月定期人事異動の内示を発表した。
 病院ではたいていの職種が専門職なので、人事異動といっても、事務職に限られたものだった。
 事務局では、中村係長が丸5年になるというので、もうそろそろ異動の時期かと噂されていた。
 1年目の晴美が、異動になるとは誰1人として予想はしていない。
 しかし、当日、晴美は、朝から落ち着かなかった。昨年秋、市役所の人事課長から、「4月の異動で、市役所に転勤させる」と言われていたことを、半信半疑ながら、どこかで期待していたからだ。
 中村が、病院に出勤する前に市役所に寄って、内示の通知を貰ってくることになっていた。

 お昼前、中村はそそくさと事務所に入ってきた。
「川口さんが市役所の広報室へ異動しているよ。びっくりしたなあ」と誰に言うでもなく呟いた。
「えっ、それで係長はどうなんですか?」と、秋津をはじめ職員たちがぞろぞろと中村の席へ集まった。
 中村は「ああー、私はお陰様で市役所の福祉課へ…」と言い、ちょっと嬉しそうに笑った。

 晴美は、人事課長の顔を思い浮かべ、
―あの時、何気なく私に言ったことをちゃんと守ってくれたんだ―と、人事課長の誠実さに、いたく感動していた。そして、どこかで世の中はそんなに甘い物ではないと思っていた晴美には、案外世の中は捨てたもんじゃないのかも、と思わせた人事異動だったのである。※66へ

(写真は、城跡公園の花菖蒲)
(上記小説は、カテゴリー短編小説[茜雲]で連載中)

posted by hidamari at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔茜雲〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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