※72
「東元さん!あのォ…」と、晴美は啓介の背中に向かって声をかけた。
「うん?何?」啓介は立ち止まり、優しく応えた。
「これ、ホントにつまらない物ですが、記念に…どうぞ!」と、その袋を差し出した。
「俺に?…ありがとう」びっくりしたように袋を受け取ると、中のストラップを出し、チリンチリンと蛙の鈴を鳴らした。
「かわいいね、これ俺にカエルコール?」
「そんな…、別に意味ないです。忘年会の旅館で買って、そのままバッグに入れて忘れてたの、今思い出したんです。何もお礼にあげる物ないんで……」
「うん、大事にする」
「いえ、すぐ壊れるかも」 急に恥ずかしくなった晴美は、紅潮した顔を何度も手で押さえた。
再び目の前を無言で歩いていく啓介の背中を目で追いながら、晴美は遅れないように付いていった。
すると、突然啓介が足を止めて振り返った。
そして、
「俺、ずっと考えてたんだけど、俺たち30年後に、また会わないか?」と、ボソッと言った。
啓介のそのことばを、晴美はすぐには理解出来なかった。
「えっ、何ですって」
頭の中で ―30年後、私51歳、彼57歳―と計算した。
「ロマンティックですね、でもそんな先に会えるんでしょうか」
「うん、俺、死んじゃってるかもしれないし、…でも生きていて君のこと忘れていなかったら、あのバス停で、30年後の今日、3月31日夕方6時に、…会おうよ。あのバス停も残っているかどうか分かんないけど、その時は、病院の入口とかで、…会おうと思う気持ちがあれば、会えるんじゃないかなあ」
「すごいですね。分かりました。これで30年間希望を持って生きていけますね。…でも忘れないでいれるかな、ウフフ」
「何、同窓会と思えばいいんだ、きっと忘れないよ」※73へ
(上記小説は、カテゴリー短編小説[茜雲]で連載中)
2006年06月23日
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