2006年06月25日

小説〔茜雲〕

※73
 それから、どんな会話をして、どういう風にして、そこまで送ってもらったのか、晴美はよく覚えていない。とにかく、家の前まで送ると言われたのを断って、団地の入口で車を降りたこと。降りる時、後の座席に置いていた花束を忘れそうになって、「これ、忘れたらダメじゃない」と啓介に諭されたこと。最後に「元気で」と握手を求められ、啓介の白くて指の長い大きな手と握手したこと。その手がスベスベして、とても気持よかったことをぼんやり覚えているだけだった。
 晴美の頭の中には、ただ啓介の「30年後に会おう」と言ったことばだけが1人歩きして、グルグルと絶え間なく動き回っていた。
 啓介は、どういう意図で、果たせそうにもない遠い未来の約束などをしたのだろう?
 晴美が啓介を想っていることを不憫に思い、傷つけないようにやんわり引導を渡したつもりなのか。それなら何もこんな手の込んだことをしなくても、とっくに晴美の方では諦めがついていることだった。
 それに、30年後のことなど誰が信用出来るのだろうか?
 晴美は、2〜3年もせずに忘れてしまうだろうと思いながら、一方では、きっと忘れることはないだろうとも思っている。
 晴美にとって、初恋は失恋に終ったものの、思わぬ不思議な余韻を残すものになったのである。
                    《完》

(短編のつもりが、だらだらと長くなってしまいましたが、これで、小説〔茜雲〕は完結しました)


posted by hidamari at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔茜雲〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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