2006年06月29日

小説〔喫茶店〕

2
 茂の事務所内での立場は、全く組織外のよそ者で、家庭に置き換えれば下宿人である。ただ、席を同じくするものとして、親睦会だけには、仲間に入れてもらっていた。
 茂のデスクは、事務所ビルの2階、管理部総務課の端っこにある。
その日、2時間ほど残業をした後、茂は帰ろうと席をたった。
 所内には通常2課20名ほどが働いているが、退所時間が過ぎているその時刻、4〜5人がもくもくと残業をしているだけである。
「お先に失礼します」と茂は、大声で挨拶をした。
 いっせいに、顔があがり、「お疲れ様」と返事が返ってきた。
 その中に、総務課の保坂みどりがいた。茂と同じブロックのデスクなのに、全く気付かなかったのは、その席が斜向かいのせいだった。
「おや、今日は残業?」
「ええー、ずっと産休だったでしょう、仕事の勘がなかなか戻らなくて…、手間取ってるのよ。もう少ししたら帰ります」
「そう、お子さん、待ってるんじゃ?」
「いえ、今日は主人に頼んであるから」
「…じゃあ、僕、失礼します」
「さようなら」

 保坂みどり29歳。6歳と生まれたばかりの男児2人の母親である。2歳年上の夫は同じ島内にある県の事務所に勤めている。
 茂は、今までみどりと個人的に話したことは殆んどなかった。これが、初めての会話だったかもしれない。 
 みどりは昨年4月に本土から異動してきており、六島勤務は2年目になる。しかし実際は着任早々産休に入りその後は育児休暇を取った。そして今年7月に復職したばかりだった。茂が六島に赴任してきた時、みどりはちょうど育休中だった。そのため、彼女と会ったのはみどりが復職後のことだった。
 茂にとっては、みどりのことは全く知らない人だった。当然みどりにとっても茂の存在は分からないことだった。
ただ、茂が赴任してすぐ職員間を挨拶に廻った時、おせっかいな職員が、「ここにはもう1人女子職員がいるんだけど、育休中なんだよ。全く困るよ、オバちゃんは」と、耳打ちしてくれていた。てっきりオバちゃんだと思っていた茂は、遙を初めて見た時少し驚いた。「何だ、まだ若いじゃん。それにまあまあ美人だ」と内心ちょっとワクワクしたことも事実だった。3へ

(上記小説は、カテゴリー短編小説〔喫茶店〕で連載中)

posted by hidamari at 11:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔喫茶店〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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