2006年07月01日

小説〔喫茶店〕

3
 茂の住まいは、職場から10分もかからない所のマンションである。しかし、その日も真直ぐ帰らず、繁華街に向かった。裏通りに入る。飲み屋街の1隅にあるマロニエという小さな喫茶店のドアを迷わず開けた。カランカランとドアベルが鳴る。コーヒーの香りがプーンと鼻をつく。中にいる客が必ずドアの方を見る。茂はこの視線になかなか慣れない。
 カウンターとテーブルが6卓あり、内2卓は奥の1段下がった場所にある。そこは入口から直ぐに目に付くことはないが、茂は真直ぐそこに向かった。
 ウエートレスが茂の背中で「いらっしゃいませ」と、紋切り型に声をかけた。
 薄暗い照明の下で、山路遙は熱心に文庫本を読んでいた。テーブルの上のコーヒーはすっかり冷めていて半分も残っていない。
「ごめん、遅くなって」
「ううん、忙しいんでしょう」相変わらず声高に話す女だと、茂はちょっとひいた。
「うん、ちょっと今忙しい」もともと、低音な茂だが、暗に遙に、己の声高を悟らせるため、ますます声を潜めて言った。
「何になさいますか?」いつの間にきたのかさっきのウエートレスが、紋切り型に注文を取る。
「どうする?」茂は、遙の方を見た。遙は、茂が諭したのはやはり分かっていなかった。声のボリュームを下げるでもなく、「どうするって?」と図りかねるように聞き返した。
「いや、もう7時だろう、食事の方がいいかと」と、時計を見た。
「そうねえ、でもオムライスかカレーでしょ?」
「パスタもありますけど」横から、ウエートレスが声を挟んだ。
「すいません、ちょっとだけ待って下さい」と茂はいったん注文を断った。
「じゃあお決まりになりましたら、そこのベルを押して下さい」と言って、ウエートレスはそそくさとそこを立ち去った。 4へ

(上記小説は、カテゴリー短編小説〔喫茶店〕で連載中)

posted by hidamari at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔喫茶店〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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