2006年08月02日

菓子屋横丁


菓子屋横丁.jpg16
 遙に連絡をしなければと思いながら、茂はなかなか電話をする気になれないでいた。電話をすれば、必然的に会うことになるだろう。そのことが今はあまり気が進まなかったのだ。
 仕事が忙しかったせいもある。
 その週、日本海側の海岸に、韓国のものと思われる工業廃棄物が漂着していることが明らかになった。国土交通省、県、市、漁協等が連帯して事に当たることになる。
 現場に行くことはもちろん、報告業務、対策会議と昼間は仕事に追われ、それ以外のことは頭にない。
 当然、勤務も定時を越える。マンションに帰ると、シャワーを浴びて寝るだけの生活だった。
 そんなこともあり、茂はダンス教室のことも、すっかり忘れていた。ふっと思い出した時は、既に教室の開かれる火曜日が明け、水曜の朝だった。
 茂はその時、ダンス教室を止めよう、という気持ちが頭をもたげていた。当初の目的が、彼女を作るという不純なものだった。その目的も達成された今、いつまでも続ける必要はなかった。
 遙は、昨日、ダンス教室できっと俺を待っていたのではなかろうか。
 何の連絡も無しに休んだ俺のことを、心配したに違いない。
 急いでメールをチェックした。
 案の定、遙からのメールが3通入っていた。
「今、マロニエに居ます。連絡下さい」
「今日のダンス教室忘れていたの? 連絡下さい」」
「何時になってもいいです。電話下さい」
 最後のメールは午後11時だった。

 茂は、遙が自分のことを間違いなく思ってくれているのだということが分かり、ちょっと嬉しかった。
 時計を見ると8時前である。夏休みとはいえ、朝はやはり電話は、はばかられた。それに、茂自身もゆっくり話せる状況ではない。なにしろ朝は1分を争う大事な時間なのだ。

「昨日はごめん。仕事で1日忙しかった。帰ってバターンキューしたので、メール開かなかったんだ。また連絡する」
 と、取り敢えずメールを打っておいた。17へ

(上記小説は、カテゴリー短編小説〔喫茶店〕で連載中)
(写真は、川越にある菓子屋横丁。想像していたより小じんまりした10数軒の通りだった。昭和初期には70余軒が連なっていたという。今では本来の問屋街ではなく、歴史を残す観光地として、観光客相手の商いをしているもの)

posted by hidamari at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔喫茶店〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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