2006年08月28日

小説・喫茶店

29
 松の江支所に到着しても2人は話し足りないくらいだった。
 いわゆる意気投合してしまったのだ。
「これから僕、ここの村木係長と現場に行くんだけど、保坂さん仕事、何時頃までかかる?」
「わたし?お昼には終ると思う。でも、小久保さんが終るまで、ここで時間つぶしているから、帰りもよろしく」
「わかった。お昼にここへ帰ってくるから食事、一緒にしよう」
 茂とみどりはそう約束して、松の江支所のロビーで一旦別れた。
 松の江から旧六島市内までは、朝夕1台ずつしかバスが通っていないのである。みどりは否が応でも、茂の車に乗せてもらうしかなかった。しかし、それは返って楽しいことでもあった。
 みどりにとって、夫以外の男性とこんなに親しくは話したことは初めてのことだった。
 それに、夫以外の男性に、ちょっとでも、ときめく気持ちを持ったのは、今までには考えられないことだった。それは例えば盗みはいけないことだと、子供の頃から自然に植え付けられているのと同じように、あってはならないことと、心にしみついているからだろう。
 もし、夫以外の男性を好きになれば、地獄に落ちることは分かっている。子供たちと別れることは死んでも出来ない。夫が嫌いな訳ではない。夫を裏切れば、夫が自分を裏切ることも許さなくてはならない。夫婦の信頼関係が崩れるのだ。そんなことは耐えられないことだった。
 そんなリスクを考えると、誰だって結婚すると他の異性を好きになるはずはないものと思っていた。現に今まで他の男性を、異性として好きだと思ったことは1度もなかった。
 しかしこれは、他の異性に好意を持つという感情に、固く鍵をかけているせいだとみどりはふとそう思ったのである。
 そして今後も、この鍵を絶対開けてはいけないのだと、自分に強く言い聞かせた。また、そんな度胸も勇気もみどりにはなかった。
 でも、今、みどりはちょっとばかり、ときめいていた。
 話すのを楽しむくらいは許されるのではないか。
 だって、単にこれは友情なのだからと、思ったのだ。30へ

(上記小説は、カテゴリー短編小説〔喫茶店〕で連載中)

posted by hidamari at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔喫茶店〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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