2006年09月01日

小説・喫茶店

31
 12月中旬とはいえ、今日みたいに晴れた日は、日本の西の端、特に内海に面した松の江地区は、寒さもそれほどではなかった。むしろ日だまりの中は小春日和の陽気だった。
 茂とみどりは、白く輝いている砂浜に風呂敷を敷いて座っていた。
 目の前の波打ち際で、さざ波が小さい白しぶきをあげて、規則正しく寄せたり引いたりしている。
 青い空、透明な海水、沖にいくと海の色がはっきりと紺碧に変わっている。干潮時の今、砂浜はどこまでも白く続いていた。
「きれいだねー、それに静かだねー」
「何だか時が止まってるようね、みんなどこかであくせく働いているなんて思えないよ」
「ほら、あの岬の先端に建っているのが松の江崎灯台だよ!国立公園の中に入ってるんだ」
 と、茂は指をさした。折しもかもめが2〜3羽飛び回っている。
「まるで絵のような景色だわ。これって将来きっと思い出すと思わない?出張帰りに寄り道して見た光景として」
「そうだね、こんないい場所に2人しか居ないなんて。田舎なんだね、人そのものが居ないんだよ、この辺、人家も無い所だから」
「それもあるだろうけど、ウイークデーでしょ!それに昼間だし、みんな働いているのよ。……ここで殺人が起きても2〜3日はきっと分からないね。日曜日には遊びに来る人もいるだろうけど普通は人が来ないだろうし、なかなか見つからないかもね」
「そんなことはないだろう、夜にはきっとアベックが来るよ」
「あら、小久保さん来たことあるの?」
「えっ僕?そりゃあね、でもここには来たことないよ。近場でもきれいな海岸たくさんあるから」
「彼女いるんだ!小久保さんハンサムだもんね、いない筈ないよね」

 茂とみどりは途中昼食を済ませていた。その後はそのまま職場に戻る予定だった。
 旧六島市と松の江町の間は、舗装された道路が海岸線に沿って繋がっている。もともと天候がいいと、車窓から見る海の美しさは格別なのだ。
 往路では話に夢中になり、その美しい景色も目に入らなかったのだ。
「きれいねー、海」と思わずみどりの口から出るのも当然だった。
「ちょっとだけ休んで行こうか」茂はみどりから発せられた言葉でとっさにそう思いついた。
 舗装された真新しい道路は広々としており、路肩もゆったり設けてある。
 茂はスーと車を止めた。
 そして今、はた目には、まるで若い恋人同士のように、誰も居ない砂浜に座り、2人は他愛の無い話をしているのである。32へ

(上記小説は、カテゴリー短編小説〔喫茶店〕で連載中)

posted by hidamari at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔喫茶店〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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