2006年09月07日

小説・喫茶店

34
「ふうーん、まさかその下宿のおばさんじゃないでしょうね」
「うふ、そのまさか」
「そうなんだ!よく聞く話だけど現実にあるのね」
「僕もそう思った。……バイトで遅く帰った夜があったんだ。僕を入れて4人の下宿人がいてね。下宿人の部屋が2階に全部あるんだ。大家さんは1階。居間に灯りが点いていたから、ドア越しに挨拶したんだ、ただいま、って。そしたら、奥さんがわざわざ出てきて、お帰りなさい、って言うんだ。いつもはそんなことはなかったから、あれって思ったら、ちょっと入ってと部屋に引きずり込まれたの。何か怒られるかと思って神妙に入ったよ」
「その奥さんて、何歳?」「40代半ばかな」
「ご主人、その時居なかったの?」「未亡人だったんだ」「なるほどね、…それで?」
「お腹へっていないか、とか、コーヒー飲まないか、とか優しいんだ。気がつくとお化粧していて妙に艶かしい態度をするの。しばらくするとソファーに座っている僕の横にぴったり寄り添ってきたんだ」
「それでそうなっちゃったの?」「そう!」
「好きだったの?」
「好きも嫌いもなかった。初めてだったから興味があっただけ。それから時々誘われるとやってたけど、だんだんイヤになって1年しないうちに下宿変わっちゃった」
「へえー、奥さん何も言わなかったの?」「4年間は付き合いたいと言われたけど、そんな暗い学生生活イヤだから」
「でも、そこで男にしてもらったんでしょ?お手軽でよかったじゃん」
「何だよ、その言い方。でもホントそのことは教訓になってる。それ以後、遊びには不自由しなかったんだ。既婚者はリスクを背負ってるから、金は出してくれるし、もともと結婚する気はないから、遊ぶにはもってこいなのさ。ダンス教室で若い奥さんとも付き合ったしね」
 ここまで赤裸々に告白されることは、夫との間でも考えられないことだった。それなのに、みどりは当たり前のように聞いていた。違和感はない。いったいこの関係は何なのだろう。
「あなた、そんなこと、彼女に話すの?」
「とんでもない。むしろ結婚しても自分の奥さんには絶対言えないこと」
「…それを何で私に?」
「だから、不思議なんだ、保坂さんには何でも言えちゃうから」
 みどりは複雑な気持ちだった。軽く見られているのだろうか。それとも信頼されているのだろうか。
 とにかく2人の間が急速に近まったことは事実だった。ただ、それと同時に、異性に対するドキドキ感もなくなっていった。何でも言い合えるきょうだいの様なものかもしれないと、みどりはかってにそう思った。35へ

(上記小説は、カテゴリー短編小説〔喫茶店〕で連載中)

posted by hidamari at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔喫茶店〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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