2006年09月15日

小説・喫茶店

38
 茂と連れの女性は話しに夢中だった。たとえ遙が側に行っても気付いてはくれないだろう。
 あたりは外灯やイルミネーションで十分明るかった。  時々顔を見合わせて笑いあう2人の様子が見て取れる。遙は声をかけようと思ったが、ついに機会を逸してしまった。
 マロニエの前まで来ると、茂は立ち止まり、じゃあ!と左手を振ってその連れの女性と別れた。女性は、じゃあね!と言って振り返ることなく立ち去っていった。茂はそのあと、ポケットからタバコを取り出し、火を点けると、おもむろにマロニエのドアを開け中へ入っていった。
 その間、遙はじっと待っていた。2人はきっと何でもないただの知り合いなのだ、と思えてきた。ホッとすると急に我に返った。あわててマロニエへ入った。
 店内はクリスマスツリーが飾られ、クリスマスソングが流れている。明るい気持ちが蘇った。遙はさっきのことはきれいさっぱり忘れようと思った。
「ごめんね、待った?」と、茂が座っているテーブルへ何食わぬ顔で近づいていった。
「いや、僕も今来たところ。……今夜はキャバレーへ行こう。ダンスパーティーがあるらしいんだ。久しぶりに踊ろう」
「ホント!嬉しい!…小久保さん、長いこと踊ってないでしょ」
「うん、身体動くかな」「それは大丈夫、小久保さん上手いから」
 遙は何気ない会話が好きだった。
「これ、クリスマスプレゼント、セーターよ。私が編んだの」
「えっ、僕に!君編物するんだ。…有難う。……でも僕何も買ってないよ」
 茂のことだからあり得ることと、内心期待はしていなかった。でも、ハンカチ1枚でもいい、茂からのプレゼントが欲しかった。だから、遙はちょっとだけ悲しかった。
「ううん、いいの、だって私が貴方に勝手にあげたいだけだから、…何も気にしないで。ホントに何もいらないから」
 心の中と反対のことを言っていた。

 茂は紙袋の中からきれいにたたんで入れてあったブルーのセーターを広げてちょっと見ていたが、すぐまた無造作に袋にしまいこんだ。有難う、とは言ったがあまり喜んでいる風には見えなかった。遙が思いに思って編んだセーターだったが、茂の反応はあっさりしたものだった。肩透かしをくらった感じだった。でも、感謝を強要するつもりは遙にはなかった。受け取ってもらっただけで良かったのだ。もしかしたら着てくれないのではとさえ思った。動揺するまいと思い顔はにこやかにしていたが、心の中は少しづつまたふさぎ込んでいくのを感じていた。39へ

(上記小説は、カテゴリー短編小説〔喫茶店〕で連載中)
posted by hidamari at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔喫茶店〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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