2006年09月25日

小説・喫茶店

43
 暮から正月にかけて実家の宮崎で過ごした茂は、1月4日には、いったん熊本の事務所の方へ出勤した。御用始めの挨拶をするためにわざわざ出向くのも事務所のしきたりなのだ。
 挨拶を済ませると、その日は早々に事務所を引き揚げ六島へと向かった。
 10日も経っていないのに、年が変わったためか、ずいぶん長い間留守にしていたように感じ、六島の景色が妙に新鮮だった。
 六島港の船着場に着いたのは夕方6時頃だった。あたりはすっかり夜のとばりがおりていた。色とりどりの外灯が海面で反射し、その長い光線が何本も交差してゆらゆらと波打っている。
 磯の香りが風に乗って鼻へ届く。茂は六島の香りが好きだった。特に夜の港の香りは、郷愁を誘った。
 港ターミナルビルの中を通り抜け、足早にタクシー乗り場へと向かっていると、突然後から「わっ!」と背中を押されて、茂は飛び上がった。
「なに!」と振り返ると、そこに遙がニコニコ笑って立っていた。
「何だよ、びっくりするじゃないか」遙の子供じみた行動がちょっと腹立たしかった。
「ごめんなさい。迎えに来たのよ、駐車場に車置いているから」
「あれ!僕、帰る時間言っていたっけ」
「はい、はい。はっきりは聞いていなかったけど、何となく聞いていた。それに聞かなくても大体わかるでしょ?昼と夜しか汽船入らないわけだし、今日が御用始めだし」
「なるほどね、…でも、…あ、有難う」
 茂は遙が迎えに来てくれるとは思っていなかった。来て欲しいとも思っていなかった。
 でも、こうして気を利かしてくれるのは、やはり悪い気はしなかったのである。
 幾分気が重くない訳ではない。でもあまり深く考えるのはよそう、水の流れに沿っていくしかないのだ。取り敢えず今日は送ってもらおうと、茂は腹を決め遙の後をついて行った。44へ

(上記小説は、カテゴリー短編小説〔喫茶店〕で連載中)

posted by hidamari at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔喫茶店〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック