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見るともなしにみどりに目をやったウエートレスは、ちょっとどぎまぎしたように目を泳がせた。改めて再確認するようにみどりを見て、おもむろに茂を見た。
「いつもの方ではないですね」と、冷やかすような目だった。
「お手軽ランチ2つ」茂は何食わぬ顔で言った。
ウエートレスは「お手軽ランチ2つですね」と復誦すると、またもとの無愛想な顔に戻り去っていった。
考えなかった訳ではない。遙を彼女と決めて一緒に通っている喫茶店に、少なからず好意を持っているみどりをも連れて来るのは、やはり無神経かもしれない。
それでもやはりここがいいと思った。他に適当な場所も知らない。
何よりコーヒーが美味しい。常々1度はみどりにも味わってもらいたいと思っていた。
遙が知ったらいやな気もするだろうが、ウエートレスは、無愛想な分、余計なことも言わないだろうという確信があった。茂は元々そういうところを、この喫茶店の良さだと思っている。
それに茂は、少しは配慮もしていた。遙と座るいつもの奥の席は、ちゃんと避けていたのだ。
「それで何?話しって」みどりは、前に置かれたお冷を手でしっかり包みながら言った。
「ああー、…実は僕、…4月に熊本本所へ戻ることになったんで…」
「えっ、転勤!」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
― ああー、そのことだったのか、なるほど彼は長期出張のような立場だったんだ、何で転勤のこと、気がつかなかったのだろう ―
みどりは自分でも驚くほど動揺していた。
結婚話をされたら寂しい気持ちになるだろうと思っていた。しかし、それは覚悟していた。それに結婚するのは、少しは先のことだろうから、と思っていた。
しかし、転勤となるともう時間がない。4月からは彼の顔を2度と見られなくなるのだ。
考えていなかった展開に、茂が結婚してしまう寂しさより以上に、人が去ってしまう意味での寂しい気持ちが押し寄せてくるのを感じていた。54へ
(上記小説は、カテゴリー短編小説〔喫茶店〕で連載中)
2006年10月15日
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