2006年10月23日

小説・喫茶店

57
 みどりは今でも夫を1番愛している。
 夫に裏切られることも考えられないが、それ以上に、自分が夫を裏切ることは考えられなかった。
 もし、そういうことになったら、たとえ夫にそれがバレなかったとしても、自分の堕落を下げずむことにより、夫との間に自ら深い溝を作ってしまうことになるだろう。
 そんなことは絶対いやだった。
 一時の感情に負けてはいけない、と思った。

「ごめんなさい。わたし、行けない」みどりは、小さな声だったが、茂の目を見て、はっきり断った。
「そう、残念だね。…じゃあ親睦会の送別会の夜が最後になるんだ。保坂さんとゆっくり話せるのは」
「そうかもね、県の事務所も異動者がいるから、小久保さんも入れて合同の送別会があるでしょうね」
「そうなると思う。その時は保坂さんも出席するでしょう?必ず出席してね」茂は、納得したようだった。穏やかな口調だった。
 みどりは、ちゃんと、ダメだ、と言えたことにホッとしていた。
― 私は今、こんなことにうつつを抜かしている場合ではないのだ。子育てと仕事で手一杯ではないか。しっかりしなくては ―
 改めて自分の立場を噛みしめたみどりだった。

 2人は何事もなかったように駐車場へ行き、「じゃあー」と言って、別れた。
 茂は再び市内の仕事現場へ、みどりは事務所へと向かうべく、2人は夫々の車へと乗り込んだ。
 太陽の温もりがこぼれるような陽射しの、穏やかな春の午後だった。58へ

(上記小説は、カテゴリー短編小説〔喫茶店〕で連載中)

posted by hidamari at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔喫茶店〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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