2006年10月29日

小説・喫茶店

60
 茂から、別れる、とはっきり言われるまで、どういう意味か理解出来ずに、遙は何度も聞き返した。
 それがはっきり分かった時、目の中に洪水が起きたように、みるみる涙が溢れてきた。その涙であっという間に目の前が見えなくなった。遙は唇を噛みしめてうつむいたままで固まっていた。
 信じたくないことばだった。
 夢の中であってくれれば、と思った。身体の中から力が抜けていくのを、手に取るように感じていた。突然、ジャングルの中においてきぼりにされたように、不安と孤独が押し寄せてきた。
「なぜなの?他に誰か好きな人がいるの?」と、やっとの思いで、茂に迫った。
「違う。…ごめん。…結婚する気がないんだ」
「いい、他に好きな人がいないのなら、結婚出来なくてもいいから。…お願い、このまま付き合って!」
「だめ!君とはこれで終わりにしたい。本当に申訳ない」。

 遙は自分を見失っていた。錯乱していたのかもしれない。
 気がついたら、飲み屋通りをトボトボ歩いていた。胸の中は憤りと悔しさが渦巻いていた。
 遙は、感情を抑えることが出来なかったのだ。
 目の前のコップを掴むと、その中の水を茂にぶっかけた。それでも治まらず、茂の前へ行き、茂の頬を平手で思い切り叩いていた。そしてそのまま、外へ飛び出したのだ。
 茂を好きだった分、憎しみも大きい。
 何をしても、気分は治まらなかった。

 これから、憤まんやるかたない、このいらだちをどう抑えて、折り合いをつけていけばいいか、遙は全く見当がつかなかった。
 ふっと、このまま死んでしまいたいという思いが頭をかすめた。
 しかし、とても死ぬ勇気はないだろう。
 時が経てば忘れることが出来るのだろうか。
 遙は成す術もなく、ただ、トボトボと飲み屋街をさまよっていた。61へ

(上記小説は、カテゴリー短編小説〔喫茶店〕で連載中)
posted by hidamari at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説〔喫茶店〕 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック