2007年11月23日

小説・優しい背中

21
 席に戻ると、「お2人さん、いいムードだったわね」と、ママが2人をからかった。客は全員後向きだが、唯一カウンターの中のママには、見られていたのだ。
 「すみません」としか言いようがなかった。
 「ううん、別にいいのよ」と言っただけで、それ以上ママは何も言わなかった。
 「君も何か歌えよ」と柴谷は、空気を変えるかのように絵里子に言った。
 もじもじするのは性に合わない恵理子である。
 「古い歌だけど、1度だけなら≠歌っていい?」
 「へー、意味深だね」と言いながら、ママはカラオケのリモコン番号を押した。
 絵里子は、野村真樹の、1度だけなら、を自分なりに上手に歌えて満足だった。
 時計を見ると、いつの間にか11時になろうとしていた。急に、現実に引き戻された。
 帰らなくては、と思った。
 柴谷は、すごく楽しそうに飲んでいる。帰ろう、なんて言えなかった。
 「すみません、私先に帰ります」
 柴谷をそっとつついて言った。
 「まだ、11時だよ。まだいいじゃないか」
 案の定、柴谷は帰りたくなさそうな顔だった。
 「支社長はまだいらして下さい。そのかわり、ちょっと外まで送って!」と、すんなりと言えた。
 絵里子は、ママに「御馳走様でした」と丁寧に言うと、1人でお店の外へ出た。
 柴谷が送ってくれるか、自信がある訳ではなかった。でも、代金を払っておきたかった。軍資金を払うと言っていたのを忘れていなかった。
 柴谷は、絵里子があれこれ考える間もなく、絵里子を追ってすぐさまお店から出てきた。
 「すみません。お呼び出しして。代金を支払っておきたかったの」
 「何言ってるんだ、そんな心配いらないよ。さあ帰ろう」
 「えっ、帰ってもいいんですか。私のためならいいんですよ」
 「1人で帰すわけいかないだろう、送るよ」
 「じゃあ、駐車場まで。その代わりこれ取って下さい」
 絵里子は1万円札を柴谷に手渡した。が、何度渡しても柴谷は受け取らない。しつこくするのも失礼だと思い、絵里子は渡すのを諦めた。
 「今夜はどうも御馳走様でした」と頭を下げた。22へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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