2007年11月29日

小説・優しい背中

24
 柴谷は絵里子をぎゅっと抱きしめると、耳元で囁いた。
 「いいよ、これから行こう」
 絵里子は、まさか今夜これからとは、決して希望していなかった。なのに、口から出た言葉は
 「えっ、いいんですか?本当に!」だった。
 本当は、こんなに遅くからでは、帰るのはいったい何時になるのだろう、という不安が先立った。それに、明日はいつものように出勤しなければならない、娘のお弁当も作らなければならない、こんなことをしてる場合ではないのだ。
 ―早く帰らなければ―
 しかし、そんなブレーキが働いたのはほんの一瞬だった。
 何より喜びに舞い上がっていた。柴谷とのドッキングが叶うのだ。
 今夜を逃しては、2度とこんなチャンスは巡ってこないような気がしたのである。
 絵里子は完全に恋する乙女に変身していた。
 自分の運転する車で、助手席の柴谷に誘導されるまま、夢のお城に自ら入っていったのである。
 1歩足を踏み入れると、そこは、まるで龍宮城のようだった。きらびやかで、思っているのとは違って開放的で広々とした空間だった。
 絵里子は柴谷が雑に脱いだ靴を丁寧に揃え、ちょっと離した位置に自分の靴を揃えて置いた。並べて置くには、なぜかはばかられるところがあったのだ。

 柴谷の背中が目の前にあった。
 その広い優しい背中に触れたい気持ちを、絵里子はどうしても抑えることが出来なかった。
 夢中ですがりついた。
 柴谷は振り返って絵里子の肩を静かに離した。
 そして、
 「そんなに慌てないで」と、言った。25へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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