2007年12月12日

小説・優しい背中

30
 絵里子は、コーヒーを入れて柴谷の机に置くと
 「じゃあ、私はこれで帰ります。お疲れ様です」と言った。
 「どうもありがとう」と、柴谷は言った。
 その時交わした短い会話中に、一瞬2人の目が合った。絵里子はその時、柴谷の目に迷いらしきものを感じ取った。
 ―もしかしたら、彼もまた、自分ともう一度デートしたい思いを持っているのではないか―
 そう思った。
 しかし、絵里子はその場は何も言わずにそそくさと家路についた。
 今日はどうしても帰らなければならなかった。
 絵里子はやはり家庭を一番大事に思っている。夫の泰三には、突然その日帰りが遅くなることを、さして臆することなく言える。自分自身がたいてい予告なしに遅く帰る泰三は、妻の行動にも、あまり関心を持ってない。たとえ、夕食の支度がしてなくても、文句を言うことはなかった。
 ただ、娘の里美には母親として常にちゃんとしていたかった。しかも、仕事以外のことで、母親の務めを放棄することは絵里子の頭にはなかった。
 もし、帰宅が遅くなるような時は、事前に、それなりの処置をしておく必要があった。当然今日は何もしていない。
 一刻も早く帰り、いつものように夕食の支度をして、お腹を空かして帰ってくる里美に食べさせなければならない。
 とりあえず、早く帰る必要があった。既にいつもより遅い時間だった。31へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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