2007年12月14日

小説・優しい背中

31
 絵里子が自宅に戻った時、泰三も里美もまだ帰っていなかった。
 絵里子はとりあえずほっとした。
 帰宅途中に、スーパーで買ってきた食材を調理台へ置くのももどかしく、絵里子はサロンエプロンを頭から被った。当然服を着替える余裕はなかった。
 めったに作らないオムライスを手早く作った。それにチキンスープに溶き卵とネギを散らした。後は、キュウリ、レタス、トマトのサラダを添えた。何とか夕食の形は整った。
 夫も娘もまだ帰っていないのに、自分がなぜこんなに気ぜわしく食事の支度をしているのか、なぜこんなに気があせるのか。
 絵里子は気がついていた。最初から自分の気持ちが柴谷に飛んでいたことに。
 柴谷がもしまだオフィスに残っていたら、里美に食事をさせた後、もう一度柴谷に会いに行こうと決めていたのかもしれない。
 普通なら里美がこんなに遅く帰宅すると心配でたまらないのに、今夜はそれが、都合がよかった。
 胸のときめきを抑えながら、支社長室の固定電話番号を押した。
 出なかったらそれまで、出たら出かける。
 「もしもし…」
 「はい、柴谷です」
 紛れもない彼の声だった。絵里子はもう無我夢中だった。
 「大城です。お仕事まだしていらっしゃるんですね。私今自宅から電話しているんです。今からそちらに行きます。会って下さい」そこまで一気に言った。
 「…今から? …そうね、…いいよ。じゃあ会社に着いたら階下から電話して。それまでここで仕事しているから」
 「分かりました。すぐ行きます」
 それからいろいろなことをしたが、それは夢遊病者のように、地に足がつかない状態だった。
 まず、里美にメールを打った。友人の所で勉強して8時頃帰ると里美からもメールが入っていた。
 泰三へは里美に伝言を頼んだ。
 そして、シャワーもちゃんと浴びて下着も取り替えた、丁寧に化粧もした。さすがに鏡の中の自分を見るのが後ろめたかった。でも、柴谷にこれから会える嬉しさが、すぐそんな思いを打ち消した。32へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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