2007年12月29日

小説・優しい背中

38
 柴谷が福岡支社長に就任して、早半年が過ぎた。
 絵里子にとって、もう長いこと経っているようにも、あっという間だったようにも感じられる。
 海辺のホテルで会って以来、2人が外で会うことはなかった。会社では毎日顔を合わせ、会話もするのだが、絵里子はもう長いこと柴谷に会っていないような錯覚に陥ることがある。ビルのエレベーターの中で、偶然、2人きりの場面に出くわしたりすると、懐かしさのあまり「お久ぶりですね」と、本気で言ったりするのだった。
 そんな時、柴谷はいつも通り穏やかではあるが、妙によそよそしいのだ。
 柴谷は、仕事場では、誰に対しても穏やかだった。ただ、どこかに絶えず緊張感が漂っている。そんな親しさの中にも隔たりを感じる柴谷に対して、社員は皆いい意味で、ピリピリしているのだ。
 それが、仕事上の数字に表れていた。販売高が徐々に上がっているのだ。社内の雰囲気もすこぶるよかった。
 絵里子は皆と同じ器の中にいられるだけで幸せだった。
 柴谷が絵里子のことを、特別に目にかけていることは決してなかった。
 むしろ前支社長の方が絵里子に対しては、ずっと好意的に評価してくれた。海外出張にも同行したほどだった。
 柴谷は、恵理子より若手の社員をドンドン活用しているので、同じ総務企画の平林啓太はみるみる頭角を現していた。
 それでも絵里子は、柴谷に対しては、常に畏敬の念を抱いていた。
 柴谷が社員に対して何を要求しているのか、いつも考え、資料集めや調査も進んでやっている。柴谷の指示には、いつ何時でも的確に対応出来ている自信があった。
 あからさまに評価はしてくれないが、柴谷は十分満足しているものと思っている。
 いつかはまた海外出張のお供も出来るようになりたいと、ただひたすら、絵里子は頑張っているのである。
 そんなある日、東京本社から、社員を1名福岡に出張させるというメールが入った。
 社所有の博多港倉庫の監査及び調査を兼ねて、支社に立ち寄るというものだった。39へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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