2008年01月22日

小説・優しい背中

46
 絵里子と柴谷の関係は、デートに関しては常に絵里子が主導権を持っていた。主導権といえば絵里子の立場が上のようだが、言いかえれば柴谷があまり積極的ではなかったということかもしれなかった。
 ただ、柴谷も誘われると、イヤとは言わなかった。デートはそれなりに心地いいものだったし、やはり絵里子に魅かれるものがあったことも確かだった。
 しかし、やはり妻に対しても、絵里子の夫に対しても罪悪感がある。いつかは止めなければならないことは分かっていた。深みにはまらないうちに、めんどうなことがおこらないうちに別れようと、日を経つごとに思うようになっていた。
 今日はそのことを言おう、と柴谷は密かに決心していた。
 絵里子の白い肌は40歳を越えているとは思えないほど、弾力があり、艶やかである。胸は今まで付き合った女性の誰よりも小ぶりなのだが、仰向けになっても形がちゃんとあって、しこしこと手ごたえがあった。柴谷は、豊満でぶよぶよな乳房より、ずっと絵里子のそれの方が好きだった。そのことを絵里子に言ってやれば、彼女はどんなに喜ぶことだろう。日頃、パット入りのブラジャーをはめているところを見ると、胸にコンプレックスを持っているはずだからである。しかし、柴谷は何も言わなかった。
 重なり合い、お互いが恍惚状態に達すると、「愛しているよ」と、言ってあげるのはお決まりのようなものなのに、柴谷はそのことばも意識的に言わなかった。
 絵里子は、その恍惚の中で「好きだよー、好きだよー」と、しきりに叫び続ける。柴谷は絶対何も言わない。すると、
 「嘘でもいいから、私のこと好きだと言って!お願い!」と、必死に頼んでくる。
 「俺、いつも本気だから、嘘は言えないんだ」と答えた。
 すると、絵里子は、急に黙ってしまった。
 ―じゃあ、本気で好きだと言って―とは言わなかった。
そう言われたら、―俺、好きではないから―と、言わざるをえなかっただろう。
 もしかすると、彼女はその言葉が恐かったのかもしれない。47へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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