2008年01月28日

小説・優しい背中

49
 忘年会以後、柴谷と絵里子はデートをしていなかった。
 2人が共に出席する仕事上での飲み会が、忘年会以後何回か行われていた。もし、2人がその気になれば、その宴会後にデートが出来ないことはなかったのだ。
 実際、絵里子はそのうちのある時、―喫茶店スワンで待っています―と書いたメモを柴田に渡したことがある。
そしてその宴会後、会場を先に出た絵里子は、スワンで30分以上待っていたが、そこに柴谷は現れなかった。
 翌日柴谷からは何の言い訳もなかった。また、聞く機会もなかった。さすがに絵里子は自分が惨めで情けなかった。
 もともと絵里子は、柴谷の方から誘ってもらえることを、露ほども期待はしていない。思惑どおりというべきか、彼からモーションがかかることは一切なかったのではあるが。
 しかし、それだからこそ、好都合なこともあった。
 絵里子は、夫のある身で、しかも大学受験生の母親である。たとえ柴谷から誘われることがあったとしても、都合が悪い時があるかもしれないのだ。そんな時、はたして誘いを拒むことが出来るだろうか。出来るはずがなかった。そういう事態が続けば、そのうちにきっと2人の密会は家族にばれることになるだろう。
 その時は一巻の終わりだ。2家族の破滅に繋がるどころか、柴谷の将来にもかかわる一大事になる。
 それがよく分かっているので、絵里子は十分に注意を払っているのだ。
 しかしチャンスとなると、恥も外聞も捨てて、自分の感情の赴くままに行動した。
 それは、獲物を見つけた狼のような大胆さだったかもしれない。
 そして今、絵里子はチョコをどんな風に、柴谷に渡そうかと思案していた。相手が喜んでくれるかというより、渡すことに意義を感じていた。渡す欲望を果たしたかった。
 こんなくだらないことに心血を注いでいる43歳の、―絵里子は12月で1つ年齢を加えていた― 自分の姿が、ふっと恥ずかしくなることもあったが、それもいっときだった。50へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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