2008年02月01日

小説・優しい背中

51
 3月に入った。柴谷はいよいよ人事異動の発令をしなければならなかった。
 月初めの社内定例会議の中で、数日後に、4月1日付異動者を掲示板に貼り出すことを発表した。社内は一瞬緊張した空気が流れ騒然とした。ただ、夫々が自分だけは関係ないだろうと、どこかで高をくくっていた。
 絵里子もその中の1人だった。
 もしかしたら異動するのは自分かもしれない。ふっとそう頭をかすめないこともない。が、それなら、今までに何らかの打診があってしかるべきだろう。何よりも自分はこの会社に貢献しているという自負があった。社員数の確率からしても、まず大丈夫だろうと思った。
 しかし、はっきりしているのは、自ら退職を申し出ている販売部の岡田征二だけであった。
 定例会議があった日の午後、絵里子は副支社長に、支社長室に行くように指示された。
 改まって何だろう?
 絵里子が支社長室へ入ると、柴谷はデスクから応接台の方へと移動してきた。
 「まあ、お座り下さい」と、言いながら自分もソファーに腰を下ろした。
 「大城さん、今までよくやってくれました。あなたの我が社における貢献度は高く評価されています」
 最初は何のことだろう、と必死に柴谷のことばを解読しようとした。そのうちにだんだん分かってきた。とても信じられない。
 「それで、大城さん、貴方には4月からは博多港倉庫に行ってもらいます。広木管理部長から英会話が出来る人をぜひよこしてくれと言われていたんです」
 その後、もう柴谷が何を言っているのか聞き取れなかった。遠くの方で誰かが何かを吠えているという感じだった。頭は真っ白なのに、涙だけが溢れ出てきた。絵里子は頭を上げることが出来なかった。柴谷に涙は見られたくなかった。
 博多港倉庫に転出することに異議があるわけでは、決してなかった。52へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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