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3月末、絵里子は送別会を何回も開いてもらった。
考えて見ると、入社以来20年余り勤めてきたルソン福岡支社である。ここを去るということは絵里子にとっては、柴谷のことがなくても、人生の大きな転機の一つになることは確かである。感慨はひとしおだった。
しかし、送別会は、絵里子には、そんなに気分の良いものではなかった。
女性グループ、総務企画部、取引先の渉外担当のグループなど、こぞって開いてくれたが、持ち上げられれば持ち上げられるほど疎外感がおそってきた。
社会人である以上、他人の好意を無には出来ない。絵里子は、笑顔で受けるしかなかった。自宅には花束の花だらけになった。娘の里美は、
「ママ、すごいじゃん、人気者なんだね」と、無邪気に驚いている。
そんな中で、会社全体の送別会が開かれた。いよいよこれが最後の送別会だった。
人事異動発令以来、絵里子は、柴谷とプライベートなことを何一つ話していなかった。
話したいといつも思っているのに、2人きりになる場面はなかなか訪れてはくれなかった。そうかといって、わざわざ支社長へ出向いて話すことではなかったし、そんな時間もなかった。
絵里子は柴谷と、今後も時々会う、という約束をしたかった。どんなことがあってもそれだけは約束してもらいたかった。
仕方なく絵里子は、そのことを、いつものように手紙にしていた。そして、いつか機会があったら渡そうと、常にバッグに忍ばせていたのである。
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(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)
2008年02月09日
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