2008年02月24日

小説・優しい背中

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 受話器の置かれるガチャンという音が、耳の奥に残っていつまでも消えなかった悪夢のようなあの日から、1年が過ぎていた。
 柴谷のことは、未だに浄化することなく、心の奥底でじくじくとくすぶっている。
 しかし、この1年間、母親絵里子にとっては、怒涛の中で過ごすような生活だった。
 里美を希望の大学へ合格させるために、娘と共に必死に頑張った。夫の泰三も時々は手伝ってくれたが、夜の塾への迎えは絵里子の仕事だった。塾から帰宅すると、遅くまで勉強する里美に、夜食を作ったり、健康管理をしたりして、勉強できる体制を細やかに作ってやらなければならなかった。何もかも里美に合わせた生活をした。
 そして晴れて合格通知を手にした時、絵里子と里美は、思わず抱き合って喜びを分かちあったのである。
 家庭では大変だったが、職場の仕事は楽な感じだった。ただ、毎日与えられた仕事をこなせばよかったからだ。給料はある程度下がったが、業績を上げるプレッシャーがないのは何より有難かった。
 管理部長の広木は、太っ腹の気のおけない人間だった。絵里子とは元々相性もよかったこともあるが、毎日冗談を軽快に交し合い、笑い声が絶えなかった。こんなにお気楽に仕事をやっていて良いものかと、時々不安に思うこともあるほどだった。
 絵里子は、今、何もかもうまくいっていると思っていた。60へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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