2008年02月27日

小説・優しい背中

60
 3月末から4月にかけて、入学手続き、家財道具の寮への搬入、入学式と、絵里子は里美と共に3回も上京した。その度に、会社も休まなければならなかったが、広木は、嫌な顔もせず休暇を認めてくれた。福岡支社ではこういうわけにはいかなかっただろう。絵里子は職場の現状に、心から感謝したのである。
 娘が夢へ向かって羽ばたく時、母親として娘と一緒に行動できることは、とても楽しいものだった。こんなに晴れがましい体験が出来る幸せを噛みしめていた。
 入学式に列席した後、その日は親娘2人して、ホテルに泊まった。
 絵里子は、その時はまだ、その後にくる火の消えたような寂しい生活が待っていることを考えていなかった。里美と同じように有頂天な日々だったのである。
 絵里子が、日常の自分を取り戻したのは、福岡に帰ってからだった。
 2階の里美の部屋へ足を踏み入れたとたんに、涙が止めどもなく流れてきた。
 そこにいつもあった里美の笑顔がなかったのだ。これからずっといないのだと思うと、耐えられない寂しさが込み上げてきた。子供のように声をあげて泣いていた。大人になってもこんな風に泣けるのを初めて知った。
 いつのまにこの部屋に来たのだろうか。夫の泰三が、絵里子の肩を抱いていた。
 「俺がいるじゃないか、それに連休には帰ってくるよ」と言った。
 そんなことは分かっていた。が、涙は後から後から出てきたのだ。絵里子はなりふりかまわず、泰三の胸の中で泣き続けた。
 気の抜けたような寂しさは、それからも、ことあるごとに、絵里子に襲ってきたのである。61へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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