2008年03月01日

小説・優しい背中

61
 里美の入学式を終えて久しぶりに絵里子が出社すると、広木が待っていたかのように、絵里子を呼びつけた。
 「長いこと休んですみませんでした」と、絵里子が深々と頭を下げると
 「そんなことはいいのだが、君知っているか。柴谷支社長が東京本社へ戻られること」
と、言った。
 それは、当然予想出来る異動だった。本社から出向している支社長が、2年で本社へ戻るのは、過去にもめずらしいことではないのだ。
 もちろん絵里子にも分かっていた。ただ、そんな辛いことは考えたくない。極力考えないようにしてきていた。しかし、現実は容赦なかったのだ。
 柴谷にもう会わないと言われた絵里子は、その後は、さすがに何もアクションをかけることは出来なかった。それだけに、柴谷への想いは悶々として心の中でくすぶり続けていたのである。
 ただ、会おうと思えば支社に出向けばいいのだ、という思いがあった。それがあったので、ずっと堪えていられたのかもしれなかった。

 そんな中で絵里子が、この1年間で柴谷と会ったのは2回である。会ったといっても、支社の中でほんの1〜2分、しかも絵里子からの一方通行だけのものだったのだが。
 1回目は柴谷の誕生日、2回目はバレンタインデーである。
 両方ともプレゼントを渡すだけのものだった。プレゼントには手紙を添えた。バレンタインデーには、自分が綺麗に撮れていると思った最近の写真を同封した。すぐに廃棄して下さい、と書くことは忘れなかったが、言わなくても廃棄されることは分かっていた。それでも贈ってしまう自分が哀れではあった。
 しかし、不思議なことに、嫌がられると思いながらもプレゼントすることに喜びがあったのである。受け取ってもらえるだけで満足だった。
 それは、まるで、ヨン様を追っかけるおばさんファンのような心境だったのかもしれない。62へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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