2008年03月03日

小説・優しい背中

62
 「部長で戻られるのですか?」
絵里子は、本当はとても動揺していたのに、ことさら冷静を装っていた。
 「宣伝部長だそうだ」
 「それはご栄転で、よかったですね」
 「まあ、将来の重役候補だからね。で…君、餞別、どうするの?わたしはこれから挨拶に行こうと思っているんだ。一緒にどうかと思って」
 「どうしましょう?私ごときが…、かえってご迷惑では…。同じ職場ではないわけですし」
 絵里子は口ではそう言ったが、心の中では、広木とは別に、何か特別なものを気持を込めて贈ろうという思いがあったのである。
 「そうだなあ、これからますます遠くの人になるから、必要ないかもなあ。悪かったね」
 「いえ、とんでもございません。声をかけて下さってありがとうございます」
 絵里子は、何でも話してくれる広木の気さくなところが好きだった。今回も柴谷に特別な感情がなかったら、広木に頼んで彼と行動を共にしていただろう。
 でも、こと柴谷に対しては、1人でちゃんと挨拶がしたかった。
 
 今までは会おうと思えばいつでも会えるという、心のよりどころがあった。
 今後は、この福岡から、柴田の姿がきっぱりと消えてなくなる。
 柴谷はきっぱりと遠い存在になってしまうのだ。
 自分は柴谷の存在を断ち切ることが出来るのだろうか。
 ただいやおう無く現実に柴谷はいなくなってしまう。
 この先は、忘れるしか仕様がなかった。徐々に時間が解決してくれることを望むしかなかった。
 絵里子は、そんなことを悶々と考え、デスクに座っても、しばらく仕事が手につかなかった。63へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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