2008年03月12日

小説・優しい背中

64
 柴谷の存在は、妄想の世界でますます美化されていたのかもしれない。絵里子はますます柴谷に傾倒されていた。
 とはいっても、何のアクションをするわけではなく、ただ心の中で想い続けていただけなのだが。
 ちゃんとした夫がいるにもかかわらず、何も実体のない恋人を、好きだと思う気持や、悶々としたやるせない気持が、今絵里子が生きている証になっているのだ。それは彼女自身にも、不思議に思えることだった。

 5月、福岡支社では、創立30周年記念式典が開催された。
 博多港倉庫からも、広木監理部長と絵里子が出席した。
 絵里子は永年勤続表彰を受けることになっている。
 この式典が開かれることを知ってから、絵里子の頭の片隅に、歴代の支社長も出席するのでは、と思わなかったわけではなかった。
 ただ、現在、宣伝部長として繁忙な職責の中、式典だけのためにわざわざ来ないだろうと、すぐに打ち消したのだ。ぬか喜びはしたくなかった。
 その日、本社から社長以下数名の社員が出席していた。
 その中に、何と柴谷の姿があったのである。
 その懐かしい姿を確かに目にした時、絵里子の心臓は、音をたてて波打ち始めたのである。
 そして、式典の間中、頭が真っ白になっていた。
 いつ、どんな風にして壇上に行き表彰状を受け取ったのかさえ、殆んど無意識状態だった。
 絵里子が落ち着きを取り戻したのは、式典終了後、東部ホテル大広間で開かれたパーティー会場だった。
 そこには関係者100名余りが参加していた。立食式のその会場には大勢の人がごった返していた。
 柴谷がどこにいるのか気になったが、すぐに彼を探すのもさすがに躊躇させられた。
 絵里子は香りに誘われ、ワインを所望していた。そしてグラスを手に、取敢えず、サイドに設置されている椅子に腰をかけた。65へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)
posted by hidamari at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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