2008年03月15日

小説・優しい背中

65
 絵里子が座っている所へ、入れ代わり立ち代わり、かつての同僚がお祝いを言いにきて、しばらく雑談をしていく。
 話しかけてくる人が途絶えてきた頃、絵里子は運よく柴谷の姿をキャッチすることが出来た。
 柴谷の周りには女性が詰め掛けていた。それは柴谷がたまたま女性の多いテーブルに紛れ込んだのかもしれなかったが。
 特に、両脇に女性がぴったりついていて、その彼女たちと話しが盛り上がっている様子である。
 その中に割り込んでいくのは、やはりはばかられる。しばらく待った。ところがなかなか状況は変わらなかった。
 柴谷は、絵里子に対しては決して雄弁ではなかった。絵里子は彼の無口がもどかしいくらいだった。その柴谷が女性とこんなに気さくに話しているのが驚きだった。
 これが、彼の本来の姿なのだろうか。絵里子は、今さらながら、柴谷のことを何も知らないことに気付かされたのである。
 しかも、女性たちがほんとうに嬉しそうにしているのだ。きっと、これを、もてている、と言うのだろう。
 いつまで待っても柴谷の両脇が空くことはなかった。
 もう待てなかった。思い切って行動を起こした。
 後から、柴谷の背中を突付いて、無理にでも話しかけるしかなかった。
 「部長さん、お久しぶりです」
 柴谷は振り返った。
 「ああ―君、久しぶりだね。永年勤続だって?おめでとう」
 「有難うございます。今日部長さんがお見えになるとは思いませんでした」
 横にいた女性に悪いとは思ったが、自分が割り込むと、いやいやながらも、場所を少しずってくれると思っていた。
 しかし、その女性は微動だにしなかった。
 柴谷は、懐かしそうにはしたが、絵里子のために場所を空けようとはしなかった。
 割り込んだ絵里子を、女性たちは、明らかに非難の眼差しで見ていた。
 絵里子は、既に居たたまれない気持でいっぱいだった。
 かといって、そこを立ち去ることは出来なかった。なんとか、まだ、柴谷と話しがしたかったのである。
 そんなせっぱ詰まった絵里子の気持を知ってか知らずか、柴谷は、ほんとうに何の感慨もない様子で言ったのである。
 「君、どうした?人の良い旦那。その後うまくやっている?」66へ

(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)

posted by hidamari at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・優しい背中 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック