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絵里子が座っている所へ、入れ代わり立ち代わり、かつての同僚がお祝いを言いにきて、しばらく雑談をしていく。
話しかけてくる人が途絶えてきた頃、絵里子は運よく柴谷の姿をキャッチすることが出来た。
柴谷の周りには女性が詰め掛けていた。それは柴谷がたまたま女性の多いテーブルに紛れ込んだのかもしれなかったが。
特に、両脇に女性がぴったりついていて、その彼女たちと話しが盛り上がっている様子である。
その中に割り込んでいくのは、やはりはばかられる。しばらく待った。ところがなかなか状況は変わらなかった。
柴谷は、絵里子に対しては決して雄弁ではなかった。絵里子は彼の無口がもどかしいくらいだった。その柴谷が女性とこんなに気さくに話しているのが驚きだった。
これが、彼の本来の姿なのだろうか。絵里子は、今さらながら、柴谷のことを何も知らないことに気付かされたのである。
しかも、女性たちがほんとうに嬉しそうにしているのだ。きっと、これを、もてている、と言うのだろう。
いつまで待っても柴谷の両脇が空くことはなかった。
もう待てなかった。思い切って行動を起こした。
後から、柴谷の背中を突付いて、無理にでも話しかけるしかなかった。
「部長さん、お久しぶりです」
柴谷は振り返った。
「ああ―君、久しぶりだね。永年勤続だって?おめでとう」
「有難うございます。今日部長さんがお見えになるとは思いませんでした」
横にいた女性に悪いとは思ったが、自分が割り込むと、いやいやながらも、場所を少しずってくれると思っていた。
しかし、その女性は微動だにしなかった。
柴谷は、懐かしそうにはしたが、絵里子のために場所を空けようとはしなかった。
割り込んだ絵里子を、女性たちは、明らかに非難の眼差しで見ていた。
絵里子は、既に居たたまれない気持でいっぱいだった。
かといって、そこを立ち去ることは出来なかった。なんとか、まだ、柴谷と話しがしたかったのである。
そんなせっぱ詰まった絵里子の気持を知ってか知らずか、柴谷は、ほんとうに何の感慨もない様子で言ったのである。
「君、どうした?人の良い旦那。その後うまくやっている?」66へ
(上記は〈小説・優しい背中〉で連載中)
2008年03月15日
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