2008年11月13日

小説・父親の役目

12
 「一命はとり止めたけど、言語障害や身体の麻痺が残るそうよ。これからどうなるんだろうね」
 ヒデは秀男に言っているようだったが、自分自身にも言い聞かせているようだった。
 「とりあえず、優太郎にも知らせようよ」
 秀男は、ヒデが普段、自分より弟の優太郎を頼りに思っていることをよく分かっている。
 「そうだね、お父さんの様態もこの先どうなるか分らないし…、でも優太郎は東京だもの、あてには出来ないよ」
 「そのことは後で考えよう、俺も美代子も働いているから」
 「あら、美代子さん働いているの?」
 「すみません」
 美代子は正直働いていてよかった、と思った。
 秀男との仲がぎくしゃくしているのをストレスに感じている美代子は、子供たちに手がかからなくなったこともあり、1年ほど前から町内のカステラ屋さんでパートをしていた。
 自給800円で、午前10時から午後4時まで働いている。お金よりストレス解消が目的だった。カステラを切ったり袋詰めをしたりする単純作業なのだが、これがけっこう無の境地になれて、楽しくさえあった。
 「どこで働いているの?」
 「カステラ屋さんで」
 「何だ、それならすぐ辞められるわね」
 美代子は、心中穏やかではなかったが、この状況で反論するのは得策でないのは、嫁として今まで培われた知恵だった。
 病院の廊下は朝日が差し込んでいた。11月の太陽はけっこう奥まで長い光線を送っている。夜勤明けの交代でナースセンターを出たり入ったりする看護士たちが、いちいち「おはようございます、お疲れ様」と、ヒデたち家族に挨拶していく。
 ヒデの家族は今日から一変してしまうのに、看護士たちにとっては、日常茶飯事の光景なのだ。いつもと変わらぬ忙しい一日が始まろうとしていた。13へ

(上記小説は、カテゴリー{短編小説・つぶらなひとみ}の中の、小説・父親の役目で連載中)
posted by hidamari at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編小説・つぶらなひとみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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