2008年12月21日

 悔恨
 その時はそんなに心に留めていたことではなかった
 日常の出来事としてすぐに忘れてしまうことだと思っていた
 なのに なぜか そのことは私の心の片隅にでーんと居坐っている
 そして時々頭をもたげてくる
 それだけではない
 こともあろうに それは私の胸に刃を突きつけるのである
 それは もう25年も前のことなのに

 ある日 舅が職場に突然私を訪ねてきた
 舅は義足だった
 50キロ以上離れた自宅から電車やバスを乗り継いでくるのは 楽なことではなかったろう
 何ごとだろうと思った
 舅はおそるおそる私に言った
 「何も聞かずにお金を10万円貸してくれ」
 私に出せない金額ではなかった
 でも決して安い金額でもなかった
 「お姑(かあ)さんはご存知なのですか」
 「家内には言えないから あなたに頼むのです」
 私は考えることもなく
 「それは困ります おかあさんに言ってみてください きっと貸してくれますよ」
 「そうか ならいい」
 
 落胆した様子を全身に漂わせた舅は 再び義足を引きずりながら去っていった
 息子にも言えず嫁の私に一縷(いちる)の望みを繋いで頭を下げたに違いなかった
 なのに私は端から応じる気はなかった
 ギャンブル好きの舅のことだ 姑に内緒というのはきっと良からぬことに違いないとむしろ苦々しく思った
 それゆえ姑に電話して報告することに 何の躊躇もなかった
 姑も報告してくれてよかったと言ってくれた
 私には何ごともない出来事だったので その後の顛末は知る由もない

 その頃からなのか 舅の私に対する態度が微妙に変化したのは
 何となく打ち解けなくなり 愛を感じなくなった
 それでも舅が生きている間は そんなこともあまり気にならなかった
 愛されていないことに不都合も感じなかった
 だから お金を貸さなかったことや そのことを姑に報告したことに後ろめたさなど感じたことはなかったのに

 なのに いつの頃からか そのことが悔恨の念として私の胸の中に蘇ったのである
 あの日どんな思いで舅は私を訪ねてきたのだろうか
 なにもあんなに無碍な断り方をしなくてもよかっただろうに
 せめてあの時1万円でも渡して お茶でも飲んでゆっくりしてもらえばよかった
 私は何と冷酷で愛のかけらもない人間なのだろう
 今幸せがなかなか巡ってこないのは こんな私への報いなのか
 あの日の悲しそうな舅の後姿が時折出てきては 私を胸の奥底に眠っている悔恨の念を また蘇らすのである
 
posted by hidamari at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック