2010年11月29日

ミニミニ小説・牡丹

bP6
 思い切って城ノ内からのリダイヤルを押した。
 「あー、ナニ?」
 何事もなかったように、落ち着いた優しい声だった。
 意外だったが、それは嬉しいことだった。
 「あのぉさっきのおはなしですけど…」
 「あーいいよ、気にしなくて」
 「違うんです。今日都合が悪いことないので、連れていってください」
 「えっ、いいの?」
 「すみません、1度断ったのにまた」
 「それはいいんだけど、じゃあ、この間の大和ホテル、11階にレストランがあるんだ。その同じフロアーにラウンジがあるから、そこで6時半に待ち合わせしよう」
 「はい、分かりました」
 アサミはもう夢心地だった。
 カーテンを思い切って開けたら、目の前がぱあーっと明るくなった時の気持ちだった。
 幸せ光線に向かって走っていくしかないと思った。
 時計を見るとまだ午後3時を過ぎたばかりだった。
 どう考えても仕事を続けられる状態ではなかった。
 幸いにも、まだ大学は夏休み中、早退しても誰にも迷惑はかからなかった。
 総務に早退届を出すと、アサミは脇目もふらずに大学を後にした。
 自宅へ帰って、身綺麗にして出直そうと考えたのだ。
 城ノ内はきっとまだ教授室にいるのだろう。
 アサミは、自分がとてつもない悪女になった気分だった。
 ちっとも嫌な気持ちではなかったが、自分ではない人間が乗り移った違和感はぬぐい切れなかった。bP7へ
  (カテゴリー〈短編小説・つぶらなひとみ〉に連載)

posted by hidamari at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編小説・つぶらなひとみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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