2011年01月11日

映画の感想(若者のすべて)

 1960年 イタリア・フランス合作 ルキノ・ヴィスコンティ監督
 アラン・ドロン レナート・サルヴァトーリ アニー・ジラルド主演

 古いふるいモノクロ映画を観た。
 この時代、私はアラン・ドロンが大好きだった。
 こんなにハンサムな人を見たことがなかったから。
 しかし、彼は「太陽がいっぱい」で、主役ながら、卑しい心の犯罪者を演じた。
 それがはまり役で、それからというもの、そんな感じの役ばかりだったように思える。
 だんだんアラン・ドロン自身が、ハンサムなだけで中身がないように思えてきた。
 そして自然に、その頃から脚光を浴びだした、ごつくて重厚な感じのするクラーク・ゲーブルやチャールズ・ブロンソン等に目が行くようになり、アラン・ドロンはすっかり私の中から消えていった。
 アラン・ドロンが好きだったとはいうものの、よく考えてみれば、私が当時映画を見たのは「太陽がいっぱい」だけだった。
 雑誌で写真を見ていただけにすぎなかったのだ。
 
 この映画は「太陽がいっぱい」と同じ年に作られた映画である。
 イタリア南部に住む貧しい家族が、成功を夢見てミラノに上京してくる所から始まる、家族愛、兄弟愛の物語だった。
 アラン・ドロンは、母親や兄弟を大事にする、ひときわ良い人の役だった。
 兄の恋人とひょんなことから恋愛関係になり、兄のため、恋人と別れる決心をする。
 その時に流した涙、その憂いのある顔は、吸い込まれるように美しかった。
 アラン・ドロン25歳の時である。
 しかし、その美しさには影の部分があった。
 彼は、その暗いイメージの魅力でスターになったのだろうと思った。
 なぜなら、良い顔の仮面を被った悪役を演じている時の方が、よりいっそう輝いて見えるし、本来の彼らしいからである。

posted by hidamari at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後感・映画の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック