2011年03月05日

ミニミニ小説・牡丹

bQ4
 彼がうかない顔をしているのは、大和ホテルでアサミと一夜を共にした時、既にアサミがその男と付き合っていたかが分からないからだろう。アサミは察していた。それで、あえて、9月末を強調したのだ。
 城ノ内に誘われたのは、9月になってすぐだったから、その男と重なっていないことを知らしめるのは、城ノ内を安心させることでもあり、アサミ自身が、そんなに自分はふしだらでないことを証明したいという、この期に及んでのささやかなプライドだった。
 「それからとんとん拍子に仲良くなって、妊娠してしまったんです」
 アサミは自分がどれだけ大胆な告白をしているか分かっていた。
 「それで出来ちゃった婚をするのですか。いいじゃないですか。おめでとう。でも何もそこまで僕に言わなくても、結婚するとだけ聞けば十分ですよ」
 こんなことを聞かされることが、城ノ内にとってはどれだけ迷惑なことか、十分分かっていた。
 恥知らずで非常識な女と思われても仕方ないと覚悟していた。
 しかし、言わない訳にはいかなかった。何しろ、結婚する相手はいないのだから。
 「ち、違うんです。事情があって結婚はしないんです。ただ、子供は欲しいんです。だから出産はするんです」
 「え!どういうこと」という城ノ内の質問には答えず、
 「それで、産前産後休暇と育児休暇を申し出るつもりです。これは教務を通して総務の方にお願いにいくつもりです。でも私は今先生の助手という立場ですから、まず先生に報告するのが筋と思いましたので、今日伺いました」と、一方的に話し続けた。
 城ノ内は事態をすぐには呑み込めないようだった。アサミの言ったことを頭の中で整理するのに1〜2分かかったろうか。
 「な、何!シングルマザーになるっていうの?」
 目を丸くして問いただした。
 「そうです」
 「休暇の規則は僕にはよく分からないけど、大丈夫なの?」
 「それは調べました。大丈夫だと思います」
 「先生の助手も下ろされると思います。ご迷惑かけますがよろしくお願いします」
 アサミは深々と頭を下げた。
 「僕はちっともかまわないけど、君、ほんとうに大丈夫なの?彼はそれでいいと言っているの?」
 「ハイ、よく話し合いました。彼とは今後も付き合っていくつもりです」
 「最近は男女の関係も多種多様なんだね」と、誰に言うでもなく城ノ内はつぶやいた。
 アサミは、お腹の子の父親に関して城ノ内が何の疑いも持っていないことにホッとした。と同時に、どこかにちょっとだけ、切ない気も、しないではなかった。

(カテゴリー〈短編小説・つぶらなひとみ〉に連載)

posted by hidamari at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編小説・つぶらなひとみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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