2011年05月13日

ミニミニ小説・牡丹

bR0
 妊娠5ヵ月が過ぎると安定期に入り、つわりもなくなった。
 アサミは、シングルマザーで産前産後休暇、育児休暇が取れることがどんなに恵まれているかよく分かっていた。だから周りからどんなに好奇な目で見られても我慢しようと覚悟はしていた。
 案の定教務課に行ったことで、どこからともなくじわじわと噂は流れていった。それとともにお腹もどんどんせり出していった。隠しおおせるはずはなかった。
 助手仲間は、口では、頑張ってね、と言ってくれたが、どこか憐れむような、蔑んだような態度は否めなかった。
 ある日、あからさまに「あなた、ずうずうしいわね。結婚しないで出産するなんてこの大学の恥よ。どうせ不倫の子でしょ。辞めて育事に専念しなさいよ」と、わざわざ城ノ内研究室で仕事をしているアサミの元にやってきて怒鳴ったのは、日頃話したこともない女性教授だった。彼女は1度も結婚経験がない平石という50歳代の芸術論の教授である。
 アサミは貝になるしかなかった。
 「何黙っているのよ、何とか言いなさいよ」と、アサミのデスクの前に仁王立ちして動こうとしない。
 幸い研究室にはアサミ以外誰もいなかった。アサミは息を殺してうつむいた。しかしこれ以上罵詈雑言を聞く気はなかった。さりとて、立ち上がって逃げる訳にもいかなかった。言わせるだけ言わせて、頭の中にはひたすら赤ちゃんの名前を思い浮かべた。
 その間ずっと下を向いたままだった。
 平石の言っている言葉は何1つ頭に入ってこないのに、涙が、なぜか止めどなく流れ始めた。
 「ああ〜あ、やだね。こんなこと許す城ノ内先生も問題よ。先生部屋にいる?」と言い捨てると、平石は、城ノ内の教授室へと向かった。
 アサミは、居たたまれず洗面室に駆け込んだ。
 洗面室で泣くしか術はなかった。
 こんなことでいちいち泣いている自分が情けなかった。これではくじけてしまうと思った。これを機に、横着で恥知らずになろうと、アサミは大決意をしたのである。bR1へ

(カテゴリー〈短編小説・つぶらなひとみ〉に連載)

posted by hidamari at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 短編小説・つぶらなひとみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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